世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

2024年ウズベキスタン旅行 10日目 : サマルカンド観光→タシュケント

2024年ウズベキスタン旅行10日目(2024-05-05)の記録です。 この日はサマルカンド観光3日目 + タシュケントへの移動日。 前日まででサマルカンドのメジャーな観光地は見たので、少しマイナーな博物館を訪れます。 歴史博物館で見かけた、西洋の技法で中央アジアの風景を描いた絵画は強く印象に残り、現地に行くとこういう予期せぬ発見があって良いなと改めて思いました。

今回の旅全体のまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

前日の旅行記はこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

Islam Karimov通り散策

昨日も訪れた、レギスタン広場横からハズラティヒズルモスクを結ぶ通りを散策します。 ちなみにYandex mapによると、通りの名前はなんとIslam Karimov通り。

日曜日だからか、多くの人で賑わっていました。(たぶん前日よりも多かったと思います。) この日もアイスクリーム売りがたくさんいたり。 あと、電動カートが爆走し、四輪自転車?と事故りそうになってました。 この通りは、自動車は入ってこれないですが油断大敵。

前日も記念撮影している子供たちがいましたが、今日もカリモフ像は大賑わい。

前日から何度も各所で見かけたので、muzqaymoqはアイスクリームの意味、と学習しました。 路上で小さなカート?で売ってる人からこういった店舗までいくつもあって人気っぽい。店舗の場合、冬は何を売るんだろう。

同行者の希望でスザニ屋にも寄り道。

スザニを見てる最中、ちょうど日本語話者2人をつれた日本語ガイドの方が入ってきました。 ガイドの方と少し話したのですが日本語はとっても流暢で、聞けば日本に7年間住んでたとのこと。 こちらがウズベク語で話すとそこそこ驚いていただけました。

郷土史博物館

Yandex goで移動し、郷土史博物館*1に。 かつてのユダヤ商人の邸宅を改装した博物館(要出典)で、歴史部門、自然科学部門、ウズベキスタンにおけるユダヤ人、などいくつかの展示セクションからなります。

緑豊かな中庭も広がります。観光客もあまり多くない*2ので、ちょっと一休みにも良いかもしれません。

まずは歴史部門の展示。 ちなみに解説パネルは少ない上に、言語もほとんどウズベク語とロシア語のみだった気がします(展示品名くらいは英語もあり。)。google lensが大活躍。 展示は石器時代から始まり、各時代の品々を時系列に辿る形式だったと思います。

2点とも画質悪く恐縮なのですが、意匠からも文字からも西方らしさを感じる左の貨幣は、グレコバクトリア王朝のものとのこと。 右は何やら文字らしきもの(ソグド文字?)が刻まれた品ですが、展示品名をきちんと撮れなかったので正体が分からず。。。

こちらはソグドの骨壺(ossuary)。 アフラシヤブの博物館でも見かけたものですね。

いかにもサマルカンドらしいのが、こちらのタイル片。上の写真のものはシャーヒ・ズィンダ廟群からのもののようで、時代的には14-15世紀のものとのこと。 この時点で既に絵付けタイル、モザイクタイル、彫刻を施した上で施釉したタイル(たぶん)が出そろっていることが見て取れます。 タイルについては詳しくはシャーヒ・ズィンダ廟群を訪れたときの旅行記に書いたので、そちら参照。 amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

民俗展示もあり、昔の生活で使われた品々を並べたり、民家(?)の一角を再現したようなコーナーもありました。

こちらはイスラーム関連の品々のコーナー。 左の衣服などは、確かイスラーム神秘主義の修行僧?托鉢僧?(ダルヴィーシュ)のもの。一番左の品は托鉢用の容器なのではないかと思います。

こちらは儀式用の道具とのこと。何にどう使うのかは理解していないのですが、こういうものを見ると中央アジアイスラーム(というか神秘主義)とアラブ圏のイスラームの距離を感じるというか、イスラームのありようの多様性を感じさせる気がします。

19世紀の学校(maktab)での授業の様子の写真。前近代における教育や知の伝承に興味があるので、詳細が気になるところ*3

自然科学部門は閉鎖中?のようなので、スキップ(私が見逃しただけかもですが。)。

続いてウズベキスタンにおけるユダヤ人に関する展示のコーナー。 こちらはAmerican Jewsih Joint Distribution Committeeのウズベキスタン支部?の支援が入っているようです。

さきほどの歴史部門に比べて解説多めだった気がします(でもあんまり見てないので、中身については割愛。)。

こちらは、この建物の一番の見どころであろう、華やかな装飾が施された広間。

写真右下、ダビデの星はこの館がユダヤ商人の家だったことを今に伝えるものかもしれません*4

昼食

博物館近くのzamanというお店でお昼にします。

初手から店員さんが英語で話しかけてくださいました。 ロシア語メインなので通訳/説明するか訊いてくださいましたが、googleレンズで対応できました。

ハンバーガーは日本でよく見るサイズよりも大きめな上、パテは肉の食感ががっつりあり、ピクルスの風味も効いていて個人的には好みでとても美味しかったです。 一緒に頼んだサラダもかなり良かったです。マッシュルームや肉も入るなど具沢山な上に、香草(イタリアンパセリパクチー、あとネギっぽい何か?)も入っていて香りが良い。

店内写真を撮りそびれたのですが、店内はめちゃくちゃ清潔で、トイレもウズベキスタンの公共のトイレで一番綺麗だったのが印象的でした。

歴史博物館

昼食後、歴史博物館*5に行こうとしたものの、Google mapsだと休館、yandex mapsだと開館と書いてあり、開いているかどうか分からぬ。。。ということで、電話して訊いてみました。 "Siz tarix muzeyi misiz?" "Bugun ochiq mi?"と訊いて、(語彙力なくてリスニング弱々な上に雑音が激しかったのだけど) "Ochiq, ochiq!"だけは聞き取れたので目的達成。 ということで、ウズベク語で電話するという実績解除。 電話対応してくれた方に感謝です。

入場時、荷物は置いていくように言われたのですが、コインロッカーに入らないので、その辺に放置することになりました。 大丈夫か?と心配になりつつ、戻ってきたときにはきちんとありました。

まずは地下の展示室に。 ここは鍵がかけられてて、見学者がいるときに開ける方式でした。 係の人、気のせいか「こいつら早く出ないかな」みたいな雰囲気を醸し出してた気がします。。。 ティムールの廟(グーリ・アミール廟のことだと思います)とその発掘調査についての品が展示されていました。

2階に上がると、展示ホールに入る前に、ウズベキスタンの各州や産業を紹介するコーナーがありました。 でも全部ウズベク語だったので、海外からの観光客向けではないっぽいです。

学校の教科書らしきものも展示されていて、Adabiyot(文学)でAlisher Navoiyの名前が挙げられてるの納得だなとか、Boburもあるんだー(代表作のバーブル・ナーマは確かチャガタイ語で書かれているので、ウズベク語に近いかも?)とかなかなか面白いです。 あと、8と書かれた教科書の題はgoogle翻訳曰く「国家独立の理念と精神性の基盤」という意味らしく、なかなかいかつい。 他にはオリンピックのメダルや、薬?など雑多ものが展示されていました。

さてさて、やっとメインの展示室。 展示室はきちっとした雰囲気ですが、展示室の端でスタッフらしき人たちがお茶と談笑してたのはご愛敬。

午前の博物館に引き続き、ソグド(たぶん)の骨壺。 だいたい5~7世紀頃のものだそうです。左のものは馬?の形になっているのが印象的。

石人。英語だとtombstoneと書かれていました。キャプション曰く、9世紀のタシケントオアシスのものだそう。 腕の形を見た感じだと、何か(剣とか槍とか?)を捧げ持っているようにも見えます(でも肝心の持物がよく見えないので考えすぎかも。)。 石人は古い時代のテュルク系文化圏の葬送文化でよく見られるものだと聞いた気がする(要出典)のですが、詳細は全然知らないので調べてみたいところです(どれくらいの時代と地域範囲に広がっていたのか?イスラーム化後もあったのか?などなど。)。 「ユーラシアの石人【第二版】」なるどんぴしゃの本も出版されているよう。

こちらはイスラーム時代の陶器。

こちらは先ほどの陶器とは雰囲気が少し違うなーと思ったら、

永楽年製?との文字があるので、中国からの輸入品かもしれません。 解説には14世紀~15世紀との記載があったので、輸入だとするとたぶん陸路だし鉄道もないので、ラクダの隊商がこれを運んだと思うと印象深いです(重くて割れやすいのでかなり大変そう。。。)。

更に上の階に上がると、美術品や工芸品が展示されていました。 筆致はどうみても西洋の印象派に近いものである一方、描かれた情景はまごうことなく中央アジアのもの、という意味で強烈に印象に残りました。

上の絵のタイトルは"Xivadagi savzabot bozori". ウズベク語の語彙力ないですが、これくらいならわかる。(「ヒヴァの野菜市場」の意味。)

こちらは泉の周りでくつろぐ人々の日常の一コマ...と思いきやタイトルを見ると”G'alaba haqidagi xabar tug'ilib O'sgan qishlog'igacha yetib keldi”(google翻訳曰く「勝利の知らせはオスガン村に届いた。」)で、かつ1945年のものと書かれていたので、第二次世界大戦(か独ソ戦)終結の報せが届いた様子を描いたものかもしれません。現地で見たときは全然気が付かなかった。。。

この2点を含め、キャプション曰くBenkov PPという画家の手によるものが多かったです。 ざっとググった限りでは、フルネームはPavel Petrovich Benkovのようで、カザン出身で、カザン、サンクトペテルブルク、パリなどで学び、ウズベキスタンの地、特にサマルカンドで活動していたようです*6

こちらも似た画風の作品ですが、別人のもの。 画家はKovalevskaya Z.M. 、苗字の形からして女性のようです*7。 ざっと調べたところフルネームはZinaida Mikhailovna Kovalevskaya、上のBenkovに師事していたそう*8で、画風が似ているのも納得です。 ちなみにタイトルは"Oliy Kengashga Birinchi Saylovlar"で、google翻訳曰く「最高評議会の最初の選挙」だそうで、ソ連を感じます。 よく見ると伝統的な装いの人々だけでなく、スーツに帽子の西洋の装いの男性(右端)や、軍服?らしきものをまとった人(中央やや左には)も見えたり。

ちなみに印象派っぽい風景画ばかりでなく、こちらのようなより写実的な肖像画や、他に静物画などもありました。 こちらの右端の作品の画家はAbdullaev A.、上の2人がロシア風の苗字だったのに対し、こちらはより土着の方の苗字らしいところが印象的です。

今回の旅では近代の絵画はこことヒヴァでの展示でしか見る機会がなかったのですが、今思えばタシケント国立美術館とかも見て見たらよかったなー、という気がしてきました。 またの機会に行きます。

個人的には絵画がだいぶ刺さったのでそちらをメインで見ましたが、他に服や刺繍のコーナーもありました。

タシケントへの移動

駅までの散策

さて、これでサマルカンドでの観光は一通り終えたので、今日は後はタシケントへの移動です。 歴史博物館から駅まではさほど離れていないので、歩いて向かうことにします。

日本語カラオケ由来のKARAOKE、世界で通じるらしいという話は知識として知っていましたが、ウズベキスタンでも見かけると感慨深い。

バクラヴァドンドルマと、トルコ料理のお店のよう。 トルコはウズベキスタンにとっては同じテュルク系ですが、どういう距離感なのかふと気になりました。(トルコ語ウズベク語両方を少し齧った感想だと、文法構造はかなり似ているけど、お互いの言語がそのまま通じるわけではなさそう。)

ソ連を感じさせるモザイクアートにも遭遇。

タシケントへの電車は夕方~夜なので、車内で食べる用の食料を買っておこうということで、途中のスーパーに寄り道します。

ちょうど運よく(?)トラックが停車しており、ドライバーの方がお店にノン(ナン)を搬入して並べていました。

あまり大きなお店ではありませんでしたが、生鮮食品以外は様々な商品が並んでいました。 加工食品類はパッケージはたいていキリル文字(たぶんロシア語)だった気がします。 輸入品とかでしょうか。

さて、肝心の列車旅の食料ですが、ビスケット類だと足らなさそうなのでもっとがっつり、ということで

パンコーナーの毛布をめくると、

さきほどのノンが並んでいます。 ということで、ノンと飲み物を購入。 ノンこのときはなんとまだ温かくてびっくりしました。焼きたてを運んできてくれたのかな。

ノンを抱えててくてく歩き、駅前に到着です。

駅入場時にはお決まりの手荷物検査...なのですが、ノンはX線検査も金属探知機も通さなくて良いと身振りで言われました。(たぶん)。 まあ、薄いビニール袋に入ってるとはいえ、どこからどう見てもノンですもんね。。。

駅の待合室。 ヒヴァやブハラの駅よりもだいぶ立派に感じます。 なかなかの混雑で、後で聞いた話ではどうも前の列車が運休?になったとかだった気がします。

売店もいくつかあり、サンドイッチやパンなどが売られていました。

そしていかにもサマルカンドらしい?ノンも山と積まれていました。

ということで事前に食料を買っておく必要はあまりなかったかもですね(オフシーズンも営業しているかどうかは分からないですが。)。 でもスーパーに行ったおかげで、ノン搬入や毛布をかけられたほかほかのノンを見れて、これはこれで興味深かったので、よしとします。

ホームに出るときには特に改札はありませんでした。 列車到着時間も時刻表に書かれてるので、入線する頃にホームに出て各車両の入口から乗り、乗車時に切符を確認する、という流れでした。

乗車

ということで、今回の旅では初の高速列車アフラシヤブ号に乗車です!

ヒヴァ→ブハラや、ブハラ→サマルカンドの移動時の車窓に比べると、緑が多いように感じられました。

最初の方は平地が多かったのですが、タシケントに近づくにつれて起伏も出てきました。

ところで道中踏切をいくつか通過したのですが、踏切係員のような人が立っているように見えました。 もしかして踏切は手動だったりします?

車内では飲み物と軽食(クロワッサン)のサービスがあったり、アイスクリームやカットフルーツの車内販売?(たぶん)もありました。 至れり尽くせり。

2時間半弱の乗車で、タシュケントに到着です! "Welcome"の意味の言葉がウズベク語とロシア語で併記されているのが印象的です。

出発時に撮りそびれたアフラシヤブ号の先頭(最後尾?)車両*9

駅からYandex Goでホテルに移動し、今日はここまで。 いよいよ明日が最終日。

翌日に続きます。 amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

*1:現地の看板ではウズベク語は”Samarkand Viloyat O’lkashunoslik Muzeyi”, ロシア語は”Самаркандский Областной Краеведческий Музей”、英語は“The Samarkand Regional Museum of Local Lore”との記載がありました。yandex mapsの表示は”Samarkand O'lkashunoslik Museum”、Google mapでの表示は”Samarkandskiy Oblastnoy Krayevedcheskiy Muzey”と(そのカタカナ表記)でした。

*2:自分たち以外2, 3組しか見かけなかった気がします

*3:19世紀は近代だと思うのですが、この写真のものは見た目からして新式学校より前のものなのかなー、という雑な推測をしています。

*4:でも壁の装飾新しいしがっつり修復されてそうで、どれくらいオリジナルかは分かりません。

*5:yandex mapsでの表示名はState Museum of history of culture of Uzbekistan

*6:ウズベクwikipedia https://uz.wikipedia.org/wiki/Pavel_Benkov 2025-04-06アクセス

*7:ロシア語、女性名詞はたいてい-a, -яで終わる、というところからの類推

*8:ウズベキスタン国立美術館サイト http://museum.kr.uz/uzbek-artists/kovalevskaya-zinaida-1902-1979 2025-04-06アクセス。

*9:旧ソ連圏だと鉄道の撮影はダメなところもあるので、一応スタッフの方に許可撮って撮影