2025年春に中国→カザフスタン→ウズベキスタンを旅するにあたり、歴史や地理などの予習(と復習)に読んだ本をメモしておきます。
旅全体のまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com
カザフスタンを知るための60章
- 著者 : 宇山智彦, 藤本透子 編著
- 出版社 : 明石書店
- 出版年 : 2015
- ISBN : 978-4-7503-4062-3
海外旅行の予習の定番(と勝手に思ってる)、明石書店のエリアスタディーズの1冊です。 自然から歴史、生活、文化、経済と国・地域の概要をざっとつかめるので、旅行の予習復習に毎度重宝しています。 既に10年が経過し内容に若干の古さを感じる箇所もあります*1が、政治経済以外の時間スケールが長い話はまだ通用するのではないかと思います。 また、題名は「カザフスタン」を挙げているのですが、カザフスタン国内に限らず、国外のカザフ人を取り上げる章もありました。
興味深かった/印象に残った話をざっと挙げると:
- カザフスタンの国土の自然環境は、ざっくり分けると北部は草原、南部は沙漠。ただし、南部でも山間部や山麓、川沿いなどには草原が広がる。[p.19, p.25]
- 中央アジアの環境史の研究プロジェクトとして、日本の研究機関が取り組んだものがある : 「民族/国家の交錯と生業変化を軸とした環境史の解明 中央ユーラシア半乾燥域の変遷」 [p.75]
- カザフ人の間には、ジュズ(かつての部族連合)やルゥ(父系クラン)への帰属意識が今もある。[p.43, p.167]
- 現在のカザフ人は多くが定住化したため、日常的に天幕を利用することはほぼない。しかし、牧夫が一時的に利用することはある。また、定住者がハレの日の祝宴のために天幕をたてて客人をもてなすこともある。[p.164]
- カザフの音楽の基本形は、ドンブラ(二弦の撥弦楽器)の独奏or弾き語り。[p.218]
加えて、巻末の参考文献(トピック別に分けられていて見やすい上に、解説コメントもあり嬉しい)や、著者たちのプロフィールから主要著作など、より詳しく知りたいときの道が整備されていてよかったです。
中央アジアを知るための60章【第2版】
- 著者 : 宇山智彦 編著
- 出版社 : 明石書店
- 出版年 : 2010
- ISBN : 978-4-7503-3137-9
同じく、明石書店のエリアスタディーズシリーズです。 対象地域は中央アジア5か国(ウズベキスタン、カザフスタン、クルグズスタン、タジキスタン、トルクメニスタン)と3地域(中国新疆ウイグル自治区、ロシア連邦タタルスタン共和国、ロシア連邦バシュコルトスタン共和国)と広めです。
自然地理学的な話の章があまりなくて個人的には残念でしたが、とはいえ、歴史から日常的な文化、政治経済まで、地域を俯瞰して眺めることができました。 特にロシア国内の中央アジアと呼べる地域についてはほとんど知識がなかったので、この本で触れられて良かったです。 また、「III 中央アジアの町と人々」では著名な都市などについて概観できるので、訪問前に街のプロフィールを知れるという意味で良かったです。
気になった話題:
- 中央アジアの叙事詩は古い歴史的題材を扱うもの(ただし多くはフィクション)もある一方で、同時代の出来事を歌うこともあり、ソ連時代には赤軍の英雄を歌う叙事詩も作られた。なお、同時代の出来事を叙事詩に歌う習慣は今は廃れたそう。[p.42]
- カザフでは、チンギス一族の子孫が比較的最近まで残り、「トレ」と呼ばれて特権階級の一部を構成した。また、近代カザフの知識人(e.g. アリハン・ボケイハン)もここ出身の者がいる[p.45-p.46]
- 中央アジア遊牧民の口承文芸は、長らく口伝のみで伝えられ、文字の形で残されるようになったのは19世紀後半になってから[p.106]
- 中央アジアの伝統音楽は、徒弟性から音楽学校への移行、楽器の「改良」と民族楽器合奏団の編成など、ソ連時代に大きな変化を遂げた。欧米などではこうした変化を被る前の「伝統的な」中央アジア音楽を好む傾向がある一方、現地ではソ連式の民族楽器合奏団などは残るとみられ、嗜好の乖離が生じる可能性がある。[p.124] ※この本もう15年前なので、最近だと実際はどうなってるのか気になります。
テュルクを知るための61章
またまた明石書店のエリアスタディーズ。上の2冊が地域に焦点を当てていたのに対し、こちらは民族に焦点をあてたもの。ということで、中央アジアでもタジク系のタジキスタンはあまり現れない一方、シベリアのトゥバやサハは登場します。
テュルク系の諸民族は、言語(p.84の表)や神話/系譜(第I部)に共通点が見られる一方、その内部での多様性も印象に残りました(主に第III部の諸民族を紹介した部分):
- 私は中央アジアを旅したのでテュルクと言えばイスラームの印象が強いのですが、ガガウズ人やチュヴァシ人はキリスト教を信じる[p.175, p.177]一方、トゥバ人はチベット仏教を信じている[p.166]そう。
- 周辺民族との接触の違いは、借用語の違いにも表れているとか: イスラーム化が早かった地域(タタールやウズベク?)のテュルク諸語は新ペルシア語の影響を強く受ける一方、イスラームとほぼ接触がなかったトゥバ語やサハ語にはペルシア語の影響はほぼなく[p.98-p.99]、サハ語はモンゴル語との接触が多かった関係で語彙の約25%がモンゴル語からの借用語とのこと[p.169]。
また、「民族」という概念の非自明さも改めて感じました。
- リトアニアのタタール人(リプカタタール)は、言語的には16世紀末までにスラヴ化してテュルク系の言語を話さなくなった。しかし、その後もイスラームを奉じたため、周囲のスラヴ民族には同化されなかった[p.143]。
- 黒海沿岸域のクリミア・ギリシア人は、テュルク語を話すがテュルク系民族ではないと見なされている*2[p.179]
- オスマン帝国では、人々は民族ではなく宗教や宗派で区別されていた[p.150, p.322]。また、支配者層はオスマン語を操り、「オスマン人」というアイデンティティを持ち、「トルコ人」は野蛮で洗練されていない人々という印象を伴っていた[p.150]。オスマン朝の王家も、テュルク的な系譜や価値観よりも、イスラーム帝国としての性格を前面に押し出していた[p.35]。近代になると、テュルク学の隆盛や諸民族のナショナリズムの高まりを受け、オスマン帝国でも自らをテュルクの系譜に位置づけたり、「トルコ人」としてのナショナリズムを唱えたりする人々が現れるようになった。
牧畜・遊牧・乳利用について
カザフスタンのスーパーで多種多様な乳製品を見て遊牧や乳利用についても興味がわいたので、そちら関連の本を何冊か読みました。