2025年春、中国→カザフスタン→ウズベキスタンの旅3日目(2025-04-21)の記録です。
今回の旅行全体のまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com
前日の旅行記はこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com
また、チケット購入やバスターミナルの情報、現地での段取りなどについては別記事に書いたので、詳細は適宜そちらを参照いただければと思います。 amber-hist-lang-travel.hatenablog.com
天山天池までの移動
バスターミナル

朝8時半過ぎ、出発時刻の9:30にはまだ早いですが、バスターミナルに向かいます。 雰囲気が明らかに早朝なあたり、さすが北京時間との実質時差。
キリル文字(たぶんロシア語)の看板があるあたり、さすが国際線のあるバスターミナル。


お昼ご飯として、バスターミナル内のコンビニでナンを購入しました。 ちなみにサンドイッチなども売っていたのでそっちでも良かったのですが、新疆らしい+日持ちもするので、ナンにしてみました。
なお、別記事にも書いたのですが、大事な話(?)なのでこちらにも書くと、2階のトイレはたいへん厳しいので、改札の先の1階のトイレの利用をおすすめします。
乗り場近くで見た、国際線の行き先表示。
アルマトゥでも十分遠いのに、アスタナやシムケントとなると何時間かかるんだろう。。。
バスに乗って発車待ちのとき、隣になった大学生同士?が初めましてで喋っていたのだけど、その中で「来年卒業して働き始める」「年収いくら?」っていう会話があり、訊かれた方も年収答えてるのが聞こえました。
中国で(電車で隣になった人やタクシーの運転手さんと話した時に)カジュアルに年収訊かれることが多くて、自分が海外から来たからかと思ってたけど、もしかしてこれ普通の会話なのか…?*1
バス移動
ほぼ定刻で出発しました。 出発直前、警官(たぶん)が乗ってきて、シートベルト着用の確認をしたりしてました。
別記事にも書きましたが、バスにはガイドさんがついてくださり、移動中に車内で説明やチケット購入代行などをしてくださいました。
右側の席に座ったら東側だったので日光が眩しかったですが、天山山脈が見えてラッキー。
ただ、左側の席もかなり景色が良かった記憶があります(隣の芝は青いだけかもしれないですが。)。
途中、謎のエリアで一瞬トイレ休憩。
事前に見た動画では、どうもアトラクションとかがあるところっぽくて、ツアーによってはここの中に入らされるらしいと聞きました。(配信者が「天山天池を見に来たのに、なんでこんなところに連れてこられてるんだ?」ってぼやいてました。。。)
天山天池景区
入場の手続きや移動方法の詳細は別記事参照。
ちなみに手続きを待ってる間バスで同乗した人と少し話したのですが、「どちらから?」と訊いたら「少林寺省」って返されて笑いました(河南省)。香川県の人が「うどん県」って言うのと同じノリかもしれない。
シャトルバス
まずシャトルバス。
中国の観光地だと「これシャトルバスなしで歩けばええんでは?」というところもありますが、ここはシャトルバスでも45分くらいかかったので歩くのは無理そうですね。
やはりそこそこ乾燥した気候*2だけあって、山肌は草本か灌木が目立ちます。
ただし、川沿いの土地では楡の木?(elm tree?)が茂っていました。
しばらく平地を走っていましたが、途中からぐんぐん標高を上げていきます。
上でも見かけたのですが、同じ山の斜面なのに木が生えている場所とそうでない場所が綺麗に分かれてるのは面白い気がします。(日本だと森林限界より下ではだいたい全部木に覆われているので。)
シャトルバス終着点から10分ほど歩くと、
天池の湖畔に到着です!
馬牙山
馬牙山方面の専用バスとロープウェイは別途課金が必要で、往復で確か210元。 お高いですが、普段よく登山をしていて高いところからの眺めが大好きなので迷わず課金します。
専用バス。
隣になった人たちと少し話しました。
広州から来た人が「私が一番遠いかな」と言ったので、「日本からなのでもっと遠いよ」と言ってみたり。
ちなみに広州からのおばさまは日本に行ったことがあるとのことでした。
続いてロープウェイ*3。
ロープウェイからの眺めの写真*4、谷を挟んで片側の斜面にだけ樹が生えているのが印象的です。
さらに少し標高を上げると、大絶景が目に飛び込んできます。
眼下に見える氷結した白い湖面は天池。
夏場がハイシーズンだと思うのですが、この雪をまとった山並みも綺麗なので、この時期に来てよかったです。
ちなみにこちらでも尾根を挟んで片側の斜面にだけ樹が生えているのが目につきますね。 上の写真でもこの写真でも、木が多いのは北側斜面だったと思います。なんでだろう(雪が多い or ゆっくり溶けて安定的に水を得やすいからとか?)。
ロープウェイを降りた後は、登山道...と呼ぶにはあまりにも整備された道を歩きます。
木道と階段が整備されてるので良いものの、なかなかの急斜面です。
20分かからないくらいで第二展望台に到着しました。
ここより先は木道にも雪が積もっており封鎖。ということで、残念ながら山頂までは行けませんでした。
山頂に行きたかったなー、また夏に来ても良いかなー、でも混むよなーと迷う。
展望台からのパノラマ。
左側に見える平野はたぶんジュンガル盆地で、
右側に見える頭一つ抜けた峰(写真右奥の雪を被った山頂)はボゴダ峰、だった気がします。
のんびり景色を眺めながら、バスターミナルで買ってきたナンをいただきます。
ちなみに周りは老若男女問わず自撮りに興じる人々多数でした。
名残惜しいですが、下山します(こいつ似たような写真ばかり撮ってるな)。
西王母祖廟
ということで湖畔に戻ってきました。
ここから西王母祖廟まで行くのですが、さきほど展望台で30分くらいまったりした結果、帰りのバスまでの時間がギリギリになりそう。
ということで、お行儀悪いですが、ナンをもぐもぐしながら急いで歩きます。
氷が解けたところもありました。白い湖面綺麗だなーと思ったのですが、こちらも綺麗。
ちなみに自然に溶けたわけではなさそうです。というのも、船で氷を割っているところも見かけたので。
道は意外とアップダウンがあり、しかも最後はけっこうな階段を上ったので少し上がりました。
でも急いだおかげで30分で到着。
ちなみにこちらも追加料金が必要で、確か10元。
さて今更ですが: 西王母とは、中国古代の神話に登場する女仙または女神*5。
こちらの西王母祖廟は、その西王母を祀った廟、というか道観(道教寺院)です。
創建は元代らしい*6ですが、建物は1944年に失われ*7、今の建物は1989年、ついで1999年に再建したものだそうです。
このへん、元代創建と分かる根拠がなにかとか、そのときから西王母を祀っていたのかとか気になるところです(特に文献史料に記載があるのかどうか気になる。)。
山の峰に伝統建築がよく映える気がします(あくまで再建したもので、どれくらい元の姿に忠実かは留保が必要かもですが。)。
思えば日本も山に神社仏閣があったり、山そのものを御神体として崇めたり、さらには修験道では山が修行の舞台になったりと山岳信仰の歴史があるわけで、類似性を感じました。
上から見下ろしたところ。
雄大な自然と道観の組合せに、仙境と言う言葉が浮かんできました*8。
復路
さて、この時点で16時前。 帰りの長距離バスは17:30発、シャトルバスは45分くらいかかるので、16:30頃をめどにシャトルバス乗り場まで早歩きです。
あまりに急いでいたので、追い抜いたおばまさに「あんた歩くの速いね! さっきすれ違ったと思ったけど、もうここまで来たの」(意訳)と声をかけられたり。
最後に振り返って天池を眺め、シャトルバス乗り場に向かいます。幸いにして16:30ちょうどに着。
長距離バスのところにも発車10分前に戻れました。
ちなみにバスを逃した場合はタクシーもあるかもなのですが、けっこうな値段がしそうです。
ほぼ定刻の17:30通りに発車し、1時間半かからずウルムチのバスターミナルに戻りました。
ホテルと夕飯
ホテルに戻り、しばらく休憩してから夕飯に繰り出します。
といってもホテル近くの昨日のお店。
昨日来たときは店名にもなってる丸子汤を頼んだのですが、今日は周りの人に倣って麺類にします。
家常拌面を頼み、辛くしないようにお願い。
具材は小松菜、セロリ、トマト、白菜、肉少量、あたりかな。
量がかなり多く、後半はフードファイトになって麺だけ残しました。
私日本ではかなり健啖家の方だと思ってるんですが、こっちだと全然敵わない。。。
翌日に続きます。
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*1:ちなみにホルゴスの出国審査で別室送りになったときも年収訊かれました。果たして審査に必要な情報だったのか雑談だったのか。。。
*2:ウルムチ市の年間降水量は約300m https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%81%E5%B8%82
*3:これは下山時に撮った写真です。
*4:下山時に撮影したもの
*5:要出典
*6:「西王母祖庙始建于公元1221年元朝初期。」https://baike.baidu.com/item/%E8%A5%BF%E7%8E%8B%E6%AF%8D%E7%A5%96%E5%BA%99
*7:現地解説パネル。ただ、百度百科には「最后一次毁于1932年的战乱」って書いてありました。
*8:でも何度でもいうけど建物は再建なので、昔の姿もこうだったかは不明。