世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

2025年春 中国・中央アジア旅行7日目 : アルマトゥ観光

2025年春、中国→カザフスタン→ウズベキスタンの旅7日目(2025-04-25)の記録です。 前日は伊寧(イーニン)からバスに乗ってアルマトゥまでやってきたので、この日はアルマトゥ観光初日! 自分にとって初めての国ということもあってか、特に観光地らしいところに行かなくても、街中を歩いたり食堂でご飯食べたりするだけでも、かなり楽しかったです。 と言いつつ、博物館も2つ訪れたので、大満足な1日でした。

今回の旅全体のまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

前日の旅行記はこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

散策

初めてのカザフスタン! がっつり観光するぞ! といきたところですが、体調不良 + 前日は長時間移動だったので、がっつり寝て、のんびり昼前にチェックアウトしました。 チェックアウト時、ONAYカード*1をどこで買えるか訊いたところ、なんとその場でチャージ済みのものを売ってくれました。ありがたい。

木漏れ日が気持ちいいです。 道行く人々の顔立ちは、モンゴロイドもコーカソイドもいて多様。 会話はロシア語もカザフ語(たぶん)も聞こえました。

中央アジアと言えば(?)サムサ。

す、すねるまるけみ...? と一瞬読みかけたけど、これたぶんキリル文字筆記体ですね。ブロック体に直すとСупермаркетіなので、スーパーマーケット。 結局ロシア語は予習が間に合わずほとんど身に着かなかったのですが、まさか筆記体の記憶がこんなとこで活用されるとは思いもしませんでした。

地下鉄駅の入り口。 アルマトゥでは路線バスが充実していて、結局地下鉄には一度も乗りませんでした。 ただし渋滞がなかなか激しかったです(ということでバスはだいぶゆっくりになることも。)。

トロリーバス! 日本では絶滅してしまいました*2が、ここアルマトゥでは現役。 とは言え、トロリーじゃない普通のバスもほとんどが電動自動車なので、そちらと比べたときにトロリーバスがある意義ってなんなんだろう?と思わないでもない...。(ぱっと思いつくのは、バッテリー不要or容量が少なくて良いので軽量化できる、充電の時間をとらないので車両の稼働率が高い、とか?)

LU○Pのような電動キックボード。 実際に走っている姿もアルマトゥの街中でよく見かけました。 中国では電動バイクをよく見かけましたが、こちらではキックボード式なんですね。 ただし、歩道で音もなくつっこんでくるのはどちらも共通。

しばらく歩くと、パンフィロフ公園のあたりに出ました。

何やら記念写真を撮ってる若者たちの一団に遭遇。 ここパンフィロフ公園の名前は独ソ戦で活躍した師団の名前に由来し*3、園内には多くの記念碑や像、当時の兵器(?)などが置かれています。 そして、対独戦勝記念日は5月9日で間近。 賑わっているのはそれが理由かな、と思われます。

そちらとは別に、観光バスから降りてくる小学生?くらいの集団も見かけました。 たぶん校外学習的なものかな。 ソ連軍が被ってそうな帽子を被っていた子達もいました。

昼食

前日の夜とは別のスタローヴァヤで昼食に。

やっぱりいろんな料理(しかもあまり知らない料理)が並んでいるとワクワクします。

無難な炒め煮系の料理に。 中国内陸部と違って、基本辛くないのはありがたい。 ペースト状のものはマッシュポテト。 どちらも優しい味で、美味しくいただきました。 いかにも観光客向けのお店よりも、こういった地元の人が日常的に利用するお店のご飯が好き。

ところでこちらの文、1行目はカザフ語のはずなんですが、公式のキリル文字表記じゃなくてラテン文字表記なところが気になります。 1つ目の単語、asは食べ物や食事の意味っぽくて(店名にあったashanaは食堂の意味なので)、その後のynyzはトルコ語の知識から察するに所属を表す接尾辞(2人称複数)だと思われます。

ここまで観光地っぽいところは全然行っていないのですが、街中を歩いて食堂でご飯食べるだけでもかなり楽しいです(初めての国、という要因が大きいかもですが。)。

国立民族楽器博物館

とは言え、せっかく来たので観光地も訪れます。

まずは国立民族楽器博物館*4。 木造の建物は1908年建造とアルマトゥの建物としては古く、当初は軍の建物として造られたそう。 紆余曲折を経て現在は博物館として利用されているそうです*5。

開館時間の情報はこちら。 なお、入館料はクレジットカードで支払えました。

導入のホールに入ると、ドンブラの曲が控えめな音量で流れており、気分がアガります。

管楽器と打楽器

まずは、管楽器と打楽器の部屋の管楽器。 中央のアルプホルンのようなものは"KINDS OF KERNEY"とのこと。 karnayという表記でウズベキスタンのタシュケントの博物館でも見かけましたが、あちらは金属製、対してこちらは木製。 amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

ちょっと意外だったのは、右端のバグパイプ(たぶん)。 バグパイプと言えば、ヨーロッパ各地のものやイランのネイアンバーン(Ney-Anban)などは知っていたのですが、中央アジアにもあるとは知りませんでした。 ちなみに名前はЖЕЛБУАЗ/ZHELBUAZ。

打楽器いろいろ。 右奥のタンバリンっぽいものや、左下の鈴がつらなったもの(はҚОҢЫРАУ/KONYRAUの一種、と記載あり)はある程度想像ができるのですが、右下の3つのもの

はどうやって音を出すかもイメージがつきません。

もっと馴染のある太鼓系統のものもありました。

ドンブラ

カザフの楽器と言えば、ドンブラ! という印象があります。 なお、2弦の撥弦楽器、という意味ではウズベキスタンや中国新疆のドゥタールに近いものがありますが、私は違いはよく分かっていないです。

カザフを代表する楽器(と勝手に思ってる)とあってか、館内にはドンブラがずらりと並びます。

洋梨型のものから、角ばったもの、細いものなど、様々な形のものがあるのが見て取れます。 ドンブラと言えば洋梨型の印象だったので少し意外でした。 この旅行の前の3月に、桜美林大学でのレクチャーコンサート「楽器は語る~カザフの器楽と伝説~」にお邪魔していて、その時に「昔は規格が統一されてなかった」と聞いた気がする*6ので、形のバリエーションもそういうことなのかも?

ちなみに、上記のレクチャーコンサートについては詳しい記事を書いてくださった方がいらっしゃったので、興味がある方はこちら参照: note.com

変わり種もいくつかありました:

  • kossazなる、ドンブラを2つくっつけたような形のもの(上の写真)。2本の棹に分けたら1人で弦を押さえられなくない?と思ったのですが、どうやって演奏するのか気になるところ。
  • さきほど2弦と書いたのですが、dombra ushemと書かれた3弦のものも見かけました。
  • "double sided dombra"なる両面に弦をはったものもありました。これはさらに演奏方法の想像がつかない。。。

コブズ

ドンブラに同じく2弦ですが、こちらは擦弦楽器です。 元はシャーマンの楽器として扱われていたそう*7。

ボディの上半分が空のものもあれば、透かし彫りをつけたものもあり、バリエーション豊かです。

こちら、左側2つは大振りで、確かnarkobyzと書かれていた気がします。 右側3つのうち両側はkylkobyzとあったのですが、ただのkobyzとの違いはよくわかっていないです。

これだけたくさん並んでいると比較して見えてくることもあって、

  • 左右のペグのどちらが上にあるかは任意性があるよう。展示されてる中では向かって右が上にあるもののほうが多かった気がします(ざっと数えて2/3くらい)。
  • 弦を支える駒は中心からずれているものが多く、たいていは向かって右側にずれていました。でもほぼ中央のものもあったり(左上の写真。)
  • 基本は全て2弦なのですが、1台だけ4弦のものがありました(右上の写真の、3つのうち中央のもの)。

カザフの楽器その他

箏のようなzhetigenや、 ハープ状のadyrnaなどもあり。

ただ、発掘されたものをもとに復元された古くて新しい楽器もあると聞いた気がする(たぶん明石書店のエリア・スタディーズ。ただし今手元にないので、未確認)ので、もしかしたらこのへんもその種の楽器かも?

世界各地の楽器

後半1/3くらいはカザフスタン以外の楽器を扱っていました。

文化的に近いところだと ウズベクや、

ヤクートとトゥバ(左)、アルタイとハカス(右)など。

近隣に限らず、

インドや東アジア(左端には見覚えのある楽器が...!)

ヨーロッパまで幅広く扱っていました。

楽器は演奏を聴いてなんぼ、と思うと物だけ並んでてもありがたみは薄いかもですが、名前も知らない楽器が並んでるだけでどんな音がするんだろうとワクワクします。 あと、キャプション(写真撮った)にはきちんと名前が書いてあるので、帰国後に楽器の名前から検索してyoutubeでいろいろと音を聴けてかなり楽しいです。

ONAYカードチャージ

次の目的地に歩く途中で、ONAYカードのチャージができる機械を見つけました。 ここまで歩く途中でバス停近くにないか探していたのですが、結局バス停にはあまりなく、ネットカフェ?などの店舗の外にあることが多かった気がします。

言語がカザフ語orロシア語しかないようなのですが、石器時代さんの以下のブログを拝見していたので、特に問題なくチャージできました。 何事にも先達はあらまほしきことなり、ということで感謝です。 syachikuai.com

コク・バザール

次の目的地はコク・バザール/ゼレニー・バザール。左のコク・バザールと読む表記はカザフ語、右のゼレニー・バザールはロシア語かと思いますが、いずれも緑のバザール、という意味のようです。 と言いつつ、緑はトルコ語だとyeşil、ウズベク語だとyashilなので、カザフ語のкөкとえらい違うな、と思ったところ、(google翻訳を信じるなら)көкはblueの訳語っぽいです。 日本語でも「青」で緑っぽい色を表すことがあるし、このへんの境界どうなってるんだろ。

一応整理しておくと(google翻訳を信じるなら)

  • green : yeşil(トルコ語)・yashil(ウズベク語)・жасыл(カザフ語)
  • blue : mavi(トルコ語)・ko'k(ウズベク語)・көк(カザフ語)

(こう見るとトルコ語のmaviが謎...) テュルク諸語かじった人間としては気になるところですが、肝心のバザールの中に入っていきます。

何か買いたいものがあるわけではないのですが、現地の食品がずらりと並んだ活気あふれるバザールは見て回るだけでも楽しいです*8。

なお、タシュケントのチョルスー・バザールに比べると気持ち少し上品というか、秩序だっていて落ち着いている印象を受けました*9。 チョルスー・バザールを訪れたときの旅行記はこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

私は行っていないのですが、写真にも写っている2階部分にはカフェがあるようで、バザールを眺めながら一息つくのにも良いかもです。

漬物類?の売り場。 商品も気になるところですが、kaspi.kzのQRコードが掲示されており、キャッシュレスが浸透していることをうかがわせます。

日本ではなかなか見かけない、大きな肉がずらりと並ぶ様は壮観。 冷静に考えると肉の大きさ以前に、常温で剥き身でおいてあるのは日本ではなさそうな光景ですが、やはり乾燥してるから物が腐りにくい、とかなんでしょうか。

看板からも分かる通り、肉はカザフ語でет。トルコ語ではet、ウズベク語では(確かペルシャ語由来の)go'shtで、このへんの違いの経緯も気になるところです*10。

ちょっと意外だったのが、魚があったこと! このとき見たものは干物か、干物以外だとサーモンが多めでした。 内陸国のはずなので、どこからの品物なのか気になるところ(輸入品なのか、はたまた湖で獲れたものなのか)。

奥の方には野菜売り場もありました。 目にも鮮やかな赤い大根?が気になったのですが、местныеというのは野菜の名前ではなく、「地元」という意味のロシア語のよう。

ちなみに私が食品売り場を眺めるのが好きなので食品売り場をメインで見ましたが、それ以外の売り場もありました。

散策

再び、歩いての移動。 アルマトゥは中心部に行きたいところが固まっているので、歩いて移動できるの嬉しい。

バザールの近くで見つけたアパレル?店。日本関係あるのかな。

ミネラルウォーターの広告も中央アジアっぽくて良き。

パンフィロフ公園を突っ切って南西に

しばらく行くと、何やら立派な建物に遭遇。 地図(yandex maps)によると、Kazakh-British Technical Universityという大学だそうです。 wikipedia曰く、2001年設立と意外と新しい*11。

大学の向かいの公園には何やら勇ましげな女性の銅像がありました。 このへん旧ソ連を感じますね。

お次はドンブラを抱えた銅像。 台座にはКҰРМАНҒАЗЫとあり、19世紀カザフの高名な音楽家、クルマンガズのことのようです。 3月のレクチャーコンサートで聞いた名前だったのでピンときました。 知識が増えて、見えた景色の解像度が上がるの、めちゃくちゃ楽しい。

像の前の噴水(?)もドンブラを象ったもの。

そして極めつけに、ドンブラケースらしきものを持ってる若者を何人か見かけました。 思わずおお!と声が出そうになったのですが、不審者になるので自重。

そんなドンブラ推しのこの施設、なんなんだろうと思って地図を見てみたら、”Kurmangazy Kazakh National Conservatory”とあり、国立音楽学院のようです。 こうやって自分の興味のある場所に偶然出くわせるの、街歩きの醍醐味感があって楽しい。 せっかくならコンサートも行ってみたくなり、"Parade of Ancient Instruments"というコンサートの案内にかなり惹かれたのですが、数日前に終演したもののようで無念。。。

アルマトゥ博物館

次の目的地はアルマトゥ博物館。

館内に入ると、まずはリンゴのモチーフをちりばめたホールがお出迎え。さすがはアルマトゥ(アルマトゥの名前の由来は確か「りんごの里」)。

アルマトゥにある博物館で言うと国立中央博物館の方が有名かと思うのですが、あちらはカザフスタン全体についての展示、こちらはアルマトゥあたりの地域についての展示です。 こちらは日本で言うと市の郷土博物館みたいな位置づけかと思います。 個人的には国立中央博物館(後日行きました)よりこっちの方が好みですね。

情報量多くて1回で消化しきれなかった(タッチパネルで詳しい解説も見れるので時間が溶ける)ので、後日もう一度行きました。 ということで、ここの記事では2回の訪問で見た内容をまとめて記載します。

また、展示の内容については https://izi.travel/en/browse/861e3cf0-112c-496c-a4fa-32712c958a7d/en (確か公式音声ガイドだった気がする)でも見れるので、興味がある方はどうぞ。

中世以前

先史時代はあまり興味がないのでスキップ。

紀元前5~3世紀頃の品々。 確かサカや烏孫の人々が残したものだった気がします。

動物モチーフ、特にこのような大きな角を持った鹿のようなモチーフの品、遊牧・牧畜文化では幅広く見かける気がしていて、 2年前に訪れた甘粛省博物館でも張掖出土のものを見かけました。 amber-hist-lang-travel.hatenablog.com 異なる旅で見たものをこうやって比較できるの楽しいです。

続いて、都市としてのアルマトゥが形成された頃の展示。 概ね、11世紀~14世紀頃の発掘品が展示されていたと思います。

ヒトデのような不思議な形のランプ(キャプションには"Fired clay lamp"と記載)。 中央に油を入れてヒトデの足の部分(?)に芯をさせば、複数の火を同時に灯せて明るさ強めで便利、ということなのかな。

水道管。 遺跡などを巡ってるといろんなところで前近代の水道管を見かけるので、用途(上水なのか下水なのか)や技術面(漏水を防ぐための接合はどうしてた?)、運営方法(敷設も維持管理も誰のお金でやってた?漏水したらどうするん?とか)など気になるところが盛沢山。

ちなみにトルコのエフェソス遺跡で見たときの旅行記はこちら(この例だと住宅内の水道管まであって古代ローマの技術水準の高さに驚きます...) amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

モノの展示だけでなく、文献史料の記載についてのパネル(というよりディスプレイ)展示もありました。 たとえば、「バーブル・ナーマ」にアルマトゥについての言及があったり、「ザファール・ナーマ」にコクトベの名前が出てきたり*12。

あとは、アルマトゥで発掘されたディルハム硬貨の銘にアルマトゥの名が入っていて、どうも当地で作られたものっぽい話が印象的でした(出土文字史料の話が大好きなので)。

ただ、このときの中世都市アルマトゥがそのまま続いて現在のアルマトゥになったわけではないようです。 というのも、上で述べたバーブル・ナーマからの引用では、アルマトゥは過去に存在した都市として触れられているためです。

カザフ・ハン国と地域の民俗

まずは、武器や

狩猟などの道具が並べられています。

特に気になったのがこちら、鷹狩の道具。左奥のものは鷹に被せる目隠しのようです(適当に画像検索すると、実際にタカやハヤブサが被っている様子が分かります。なかなかかっこいい。)。 中央の革製の手袋はたぶん鷹を止まらせるときに手を保護するためのもの。 中央奥のパチンコのような物体は、キャプションには"support"と書いてあったのですが、用途はよくわからなかったです。

お次はもっと日常的な生活で利用した道具類。

容器類いろいろ。 下段中央の棒が刺さった縦長の樽のようなものは、馬乳酒を作る容器だった気もするのですが、自信がないです(確か、棒は樽の中身をかき混ぜて発酵を促進するために使うとどこかで聞いた気が...?)。

個人的に一番気になったのは、右上の独特な形をした革製の容器。 キャプションの写真撮り忘れたのですが、確かtorsykという馬乳酒の容器だったと思います。 先が尖っていると内側洗うの大変では?とか余計な心配をしてしまう。。。

近代 : ヴェールヌイ

時代は下り19世紀半ば、コサックがこの地に要塞を築き、ヴェルヌイ市と呼ばれるようになります。 これが現在の都市アルマトゥの直接の起源のようです*13。

展示室には、この時代の住宅?の内部が再現されています。

タッチパネルで詳しい情報を見ることができました。印象に残った話は:

  • 19世紀後半から既に都市の計画的な緑化が行われてきた(散歩しててアルマトゥやたらと緑が多いなーと思ってたので、こんなに昔からあると聞いてびっくりでした。)
  • 1887年と1911年に大きな地震に襲われている。
  • 毎年のように雪解け水による洪水・土石流に見舞われており、特に1921年のものは大規模(上記の地震よりも死者が多いくらい)

20世紀

ロシア革命によって帝政が終わり、ソビエト連邦が成立します。 ここアルマトゥは、カザフ・ソビエト社会主義共和国の首都となります*14

20世紀前半には飢饉、大粛清、 そして第2次世界大戦(「大祖国戦争」)などに相次いで見舞われ、この時代は苦難の時代としてパネルで言及されていました*15。

第2次世界大戦ではアルマトゥは戦場にこそならなかったものの、兵士として前線に向かった人々もいました。 また逆に、ソ連西部から人々や工場などが次々とここへと疎開してきたそうです。

戦後、1950年代~1960年代の品々。

右上、よく見ると、torsyk(上で出てきた、革製の馬乳酒容器)の形を真似たと思しき陶磁器が印象的でした。

当時のテレビ番組や音楽を扱ったコーナーもありました。 日本で言うと昭和の著名演歌歌手なのかな(知らんけど)。

登山

狭い区画ですが、アルマトゥ近郊の登山についての展示もありました。 曰く、カザフスタンの登山の歴史は1920年まで遡るそうですが、大衆的な登山(?)*16は1995年からだそうなので、意外と最近。

昔の登山の様子を写した写真や、年季の入ってそうな登山道具も。

アルマトゥ近郊は良さそうな登山コースが多く*17、しかも市街地中心部から近いので羨ましいです(日本でいうと北アルプスの麓の松本とか、八ヶ岳の麓の茅野みたいな立地な気がします。) この旅でも後日(途中までロープウェイというチートを使いますが)軽く登山してきました(後で書きます)。

その他の展示

何やら広々とした空間。 天井中央の円形の部分はユルトの中央天窓を象ったもの(のはず)で、カザフスタンの国章にも用いられており、カザフの象徴なのかなと推察されます。

あまり詳しく見ていないのですが、軍人たちについての品々(古写真や手紙、本など)が並べられており、愛国教育の場かなと想像されます。博物館に入ったとき、迷彩服の集団が座ってて、何か集まりの場としても使われてたっぽいです。

こちらは最後の展示室。 展示室入口の説明は"The Hall is dedicated to the December of 1986. The exhibition displays unique items, archive documents, photo and video materials, reflecting the history of that time."といたって簡潔。 関係者の生涯の紹介や、彼らにまつわる品々の展示があります。がしかし、1986年12月に何があったかという肝心の部分については触れておらず、やはり扱いが難しい話題なのかなと考えてしまいました(単に私が見落としただけかもですが。)。

少しおしゃべり

見学中、高校生らしき一団と出くわしました。先生らしき人に引率されてたので、校外学習っぽい? そのうちの1人の少年に英語で声をかけられて、少し会話しました。

  • 少年 : Where are you from?
  • 私 : From Japan.
  • 少年 : I thought you are from China (少し残念そうに)
  • 私 : Actually, I'm Chinese
  • 少年 : 你会说汉语吗?
  • 私 : 会说会说!

曰く、学校で中国語を習っているそうで、カザフ語・ロシア語・英語・中国語少し、ということで4言語話せるというすごい方でした(しかもこれ言語の特徴や系統が全然違う4言語というのが強い。私は日英中(少し)に赤ちゃんレベルのトルコ語とウズベク語なのですが、日本語とトルコ語・ウズベク語はかなり文法的に近いので。。。)。 他にも少女に你是中国人吗?って訊かれたりで、中国の存在感大きいんだなーと感じました。

夕食

前日に引き続き、今夜もqaganatで夕食です。 でも前日とは別の店舗。 地図で見る限り、アルマトゥにはqaganatがかなりの数あってびっくりです。

お手頃な値段で野菜含めてバランス良いご飯が食べれるのはかなり嬉しいです。 あと、このときのお茶がとっっっても香りが良くて美味しかったです。確か、茶葉に加えて、ミント・クローブ・八角?・グレープフルーツが入っていた気がします。 これ自分で再現したいな(なかなか贅沢にハーブやスパイス使うことになるけど...。)。

空港

バス移動

路線バスで空港に移動します。 夕方ということもあってか、バスはどれも超満員で乗れないものもありました(空港近くになったらさすがに空いてきたけど。)。

ちなみに乗客を観察していると、料金払ってない人がそこそこ多かったです。 カードをタッチする以外にも、スマホで窓に貼られたQRコードを読み込めば払えるのですが、どちらもやってない人を複数見かけました。 で、道中で運転手さんが何か叫んで、人々が支払いをする、なんて一幕もありました。

バスはなぜか空港からやや離れた場所に止まるので、そこから少し歩く必要があります。

ということで空港到着!

カプセルホテル

翌朝のフライトなのですが、朝早いので空港のカプセルホテルに泊まります。

まさかのクレジットカード決済エラー(国外のをうけつけない?)っぽくて、現金で支払いました。手持ちがあって良かった。

風呂キャンかと思ったのですが、まさかのシャワールームがあり、助かりました。

翌日に続きます。

参考文献

  • [1] 宇山智彦, 藤本透子 編著(2015)「カザフスタンを知るための60章 (エリア・スタディーズ134)」明石書店 ISBN: 978-4-7503-4062-3

*1:アルマトゥのバスや地下鉄に乗る際に使うプリペイドカード

*2:つい最近まで立山黒部アルペンルートで運行していて私も乗ったことがあるのですが、wikipedia曰く2024年で運行停止したそう。

*3:https://www.advantour.com/jp/kazakhstan/almaty/panfilov-park.htm

*4:この表記はgoogle mapsのもの。なお、Yandex maps英語版の表記は"Ihlas Museum of Folk Musical Instruments"

*5:公式?音声ガイド https://izi.travel/en/browse/f86fbfac-b9a1-4735-a45d-823854feb584/en

*6:記憶があやふやなので、別のところで聞いた話かも。

*7:上記レクチャーコンサートにて聞いた話。

*8:とは言え、観光客向けの施設ではないと思うので、迷惑にならない程度にしとこう、と思うのでした。

*9:単純に時間帯とか曜日の関係で人口密度が違うだけ、とかかも。

*10:ぱっと思いつく推測 : カザフはイスラームとの接触が遅いからペルシア語からの影響が少なくてずっとテュルク系のет、トルコ語はたぶん言語純化運動でgo'sht系の単語からetに戻されたんじゃないかなーと思ってるけど、特に根拠なし。

*11:https://en.wikipedia.org/wiki/Kazakh-British_Technical_University

*12:いや、でもコクトベって「緑の丘/山?」とかの意味な気がしてかなり一般名詞っぽいし、名前だけだと今のアルマトゥのコクトベと結びつけるには弱いのでは?

*13:参考文献[1]p.44~p.45 「アルマトゥは中世に集落のあった場所だが、都市としての歴史は、1854年にロシア帝国が進出と統治の拠点としてヴェルノエ要塞(のちヴェルヌイ市)を築いたことに始まる。」ただ、上で中世アルマトゥの展示で見たように、水道管があったり貨幣の鋳造をしたりした場所となると、「集落」というよりかは「都市」と呼ぶ方が適切な気もします...。

*14:参考文献[1]p.45 に「29年にはソ連内のカザフ自治共和国(1936年からカザフ共和国)の首都に定められ」。ここでは、ソ連邦の共和国であることをより明瞭に示す名称「カザフ・ソビエト社会主義共和国」で表記しています。c.f. https://kotobank.jp/word/%E3%81%8B%E3%81%96%E3%81%B5-1516927#w-1516927

*15:"harsh, tragic pages of our history"

*16:"mass moutaineering"をこう解釈したのですが、あんまり自信はないです。

*17:たとえば https://www.alltrails.com/kazakhstan/almaty 参照