世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

2025年北京旅行の予習に読んだ歴史の本

2025年秋・冬あたりの旅の行き先は北京を予定しています。 予習として、北京や明清時代の歴史についての本を何冊か読んだので、内容や感想をここにメモします。

なお、別途読んだ中国伝統建築についての本のメモはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

北京の歴史

www.chikumashobo.co.jp

  • 著者 : 新宮学
  • 出版社 : 筑摩書房
  • 出版年 : 2023
  • ISBN : 978-4-480-01782-6

タイトルから北京の地方史的な内容を期待したのですが、やや方向性が異なりました。そのような話もないわけではないのですが、中国史(または東部ユーラシア史)を一通りさらいつつ、北京に関連のある話題を詳しく述べたり、その流れの中で北京がどのように位置づけられるか、に力点が置かれていたと思います。その意味では、「北京から見た中国史」「中国史における北京」と言ったタイトルでも良かったかもしれません。 なお、分量としては元以前が約180ページ、明清が約170ページ、中華民国以後が駆け足で約30ページとなっています。

本書で一貫している北京の位置づけは、「農耕世界と遊牧世界の境界に位置する、多民族の交わる都市である」というもの。 この文脈で真っ先に思い浮かぶのは、遼・金・元・清などの漢民族以外を主体とした王朝の都(または重要な都市として)として北京が選ばれた話かと思いますが、それだけでなくもっと昔の時代の話も扱っています。たとえば、安禄山がこの近辺の生まれで、長城地帯の辺境のバザールでブローカーを務めて頭角を表していった話[p.101]が印象的でした。

また、先ほど地方史的な話が少ない旨書いたのですが、清代については6章-3から7章にかけてある程度触れられています。個人的に興味深かった話は * 北京の内城と外城の区分は現代にも反映されており、内城は官庁街と屋敷町、外城は下町、という傾向が見られる[p.300]。(これ、東京の台地と低地の違いみたいな話で面白い。) * 北京外城に建てられた会館(ある種の同郷組織)の大半は、士人が上京して科挙を受験する際の滞在先として設立された[p.303]。 * 清代の琉璃廠が書店街として有名で四庫全書の編纂のための「四庫館」もここに開設された[p.308]。

なお、欲を言うと、もう少し地図が欲しかったです。すぐ上で触れたような話の際には北京の地名、紫禁城内部を紹介するときは建物の名前がそれぞれ頻出するので、地図なしだと隔靴掻痒の感がありました。(明代紫禁城(を含む北京城)の地図はp.224にあるのですが、清代とは建物の名前が異なるものもありました。)

海と帝国 明清時代

www.kodansha.co.jp

講談社のシリーズ「中国の歴史」の1冊です。 本書(学術文庫)は2021年出版ですが、元の単行本は2005年出版のようです。

著者自身が「はじめに」で述べている[p.24]ように、一風変わった叙述になっています。個人的にはかなり好みでした。

具体的には、

  • 経済・交易を中心にした記述になっています。(ただしその枠組みを述べた1章の記述は、私には観念的すぎるように感じられ、あまり理解していません。)。
  • 海域世界に触れている個所が多いです。(e.g.)倭寇鄭和の遠征、鄭芝龍・鄭成功、19世紀南シナ海の海賊。
  • 皇帝などだけではなく、より広い階層の人々について述べられていると思います。その分、皇帝の事績や宮廷での権謀術数といった話の記述は(通常の歴史書に比べると相対的には)少なかったと思います。(このへんの比重のおき方は作者も明示的に意図してのことのようです[p.59]。)たとえば、
    • 地方官僚として明代の王陽明の活動[p.243-p.253]を通じて明代半ばの社会変容を描いたり、
    • 清代の陳弘謀の経歴[p.434-p.456]を通じて清代盛世の産業振興の様子を描写したり、
    • 鄭和の出自を碑文から読み解き、明朝の雲南進攻に関連付けたり[p.144-p.147]
    • はては名もなき織工の逸話[p.115-p.117]に14世紀明代における家内制手工業の勃興を見たり。
  • 自然環境に言及している個所も歴史の本にしては多かったかと思います。
    • 大運河について、山東省あたりは標高が高くなり、運河の維持が難しい区間であったこと。[p.63,p.194]
    • 渤海, 黄海, 東シナ海南シナ海の順に海が荒れやすくなり(定量データつき)[p.34]、従って航海技術が未発達な時代は、日本から中国に向かう行路は、東シナ海を直線的に突っ切るよりも、朝鮮半島沿いを北上するルートが安全で好まれたこと[p.40]。

ただ、いかんせん通常の政治史の話の基本的な部分も抑えつつ(ここはやはりシリーズものの一部として明清時代の通史を書かなければいけないという制約もあったのかも?)、経済など本書の特徴となる部分について述べているので、情報量が多いです。 加えて、経済史の見方について私の見識が不足しており、未消化な部分も多いです。

ということで、かなり好みの良い本だと思うのですが、今回の読書では理解しきれていない箇所が多いので、いずれまた読めればと思っています。

北京大学版 中国の文明 文明の継承と再生 明清-近代

www.usio.co.jp

  • 著者 : 袁行霈, 厳文明, 張伝璽, 楼宇烈(原著編集), 稲畑耕一郎(日本語版 監修・監訳), 松浦智子(翻訳)
  • 出版社 : 潮出版社
  • 出版年 : 2016
  • ISBN : 978-4-267-02027-8

www.usio.co.jp

  • 著者 : 袁行霈, 厳文明, 張伝璽, 楼宇烈(原著編集), 稲畑耕一郎(日本語版 監修・監訳), 岩田和子(翻訳)
  • 出版社 : 潮出版社
  • 出版年 : 2016
  • ISBN : 978-4-267-02028-5

北京大学版 中国の文明」(原題 : 「中华文明史」)シリーズのうち、明清時代を扱った2冊です。

章立ては時代順ではなくトピック毎に分けられています。扱う話題は幅広く、経済・科学技術・社会・教育などなど(このへんは上記出版社のページの「目次」参照。)。 文明史というだけあって、政治史上の事件の類などにはあまり触れず、こういった時間スケールの長い話題を中心にしており、個人的には「そうそう、こういう歴史の本が読みたいんですよ~」という気分で大変好み*1。ただし項数も情報量も多いので全編きちんと読んだわけではなく、興味のあるところはじっくり、そうでないところは流し読みしています。

全編通して、史料からの引用が多く、地に足の着いた記述になっている点も良いかと思います。 ただし、引用は書き下し文なので慣れが必要*2なのと、ところどころ引用が多すぎて「それ注にすれば良かったんちゃうか?」と思う箇所もありました。

特に個人的に楽しめたのが、3章などで扱われている自然科学関連の話(個人的に好みのトピックなので。)。 有名どころの文献についてその執筆の舞台裏などを知れたり、今まで存在を知らなかった文献を知れたりもしました*3

前者だとたとえば、

  • 李時珍「本草綱目」 : 中国各地の薬草・薬物を実地で観察・採集し、栽培や服用実験も行ったそう[p.164]。内容は今でも大部分が正確だとか[p.174]。
  • 徐光啓「農政全書」 : 既存文献をまとめた部分が大半だが、自分で実験・調査した内容も一部に含まれている[p.179]。自身で、農作業だけでなく圃場での実験も行っていたとのこと[p.165]。

後者だとたとえば、

  • 徐霞客「徐霞客遊記」: 著者が30年余にわたってほぼ毎年行ってきた旅を記録したもの[p.165-p.166]で、自然地理学的な内容(地形・気候・地質・動植物の分布)も記載されている[p.182]。
  • 阮元「疇人伝」 : 中国歴代(と一部に西洋)の数学者、天文学者の伝記集[p.186,p.188]。前近代中国にありがちな暦の占い的な内容には触れず、あくまで暦算の技術的な内容に限定している(と前書きにも明記してある)[p.189]。

あとは、個別の文献の話以外だと、

  • 前近代中国では計算の道具は長らく算木を使った計算が主流だった。元代には算盤と算木が併用され、明代中期以後は算盤が算木に取って代わった(算盤が使われるようになったのは、中華文明の歴史だと意外と最近の話なんだな、ということを初めて知りました。)。
  • 康熙帝が西洋の宣教師を重用して科学的事業にあたらせるだけでなく、自ら彼らから数学を習っており、講義を聴くだけでなく練習問題を解くなど自習もしていた[p.425] (皇帝業は相当忙しいはずなので、皇帝の事績として話盛ってるんでなければ、なかなかすごいことかと。。。)。

図説国子監 中国歴代王朝における最高学府

www.sptokyo.co.jp

  • 著者 : 孔喆(著), 岩谷季久子(訳)
  • 出版社 : 科学出版社東京
  • 出版年 : 2019
  • ISBN : 978-4-907051-48-8

中華王朝の最高学府とも言われる、「国子監」について紹介した100ページほどの本(というか著者あとがき[p.103]曰く「小冊子」)です。ちなみに著者は孔子の子孫で、かつ孔廟・国子監の研究員とのこと[p.103, p.104]。

副題には「中国歴代王朝における最高学府」とありますが、最初の1章を除き、ほぼ全て北京国子監を扱っており、時代も明清(と少し元)、特に清を主に扱っています。

扱うトピックは目次からも察せられる通り幅広く、国子監での教育の実際や、卒業後の学生の進路、はたまた現存する建物についての建築的解説なども扱っています。 少ないページ数でこれだけ多岐にわたる話題を扱うため、情報密度が高くやや羅列的な感は否めないかもしれません。(ということで、私は読む前に「これを知りたい」という疑問を書き出して、疑問への答えを探す気持ちで読みました。じゃないと目が滑る。。。)

たとえば、

  • 何を教えていたの? : 四書五経などの儒学以外にも、兵・刑・天官・河渠・楽律が講じられた[p.41]。ただ、科挙試験や考職試験に出ない範囲を積極的に学ぶ者は少なかったそう[p.49-p.50]。(現代でもありそうな話...。)また、付属校の1つの「算学館」では、天文や暦法が教授されていた[p.29-p.30]。
  • 教授方法は? やっぱり講義? : 自習・講義・考課(テスト)の3本柱[p.52]。自習がメイン[p.49]で、学習ノートを定期的に提出して添削を受けていた[p.42]。講義は清代には月4回程度だった[p.52]が、明代にはほぼ毎日講義があったそう[p.78]。

あと、ロシアからも留学生を受け入れていた話も印象的でした。

国子監の存在や「最高学府」という位置づけはなんとなく知っていたのですが、じゃあ実際にどういう教育が行われていたのかとか、卒業後の進路はとか細かいところは全く知らなかったので、実際に訪れる前にこの本でイメージを具体化できて良かったです。

なお、国子監の建物配置に言及している箇所が多いのですが、地図が掲載されていません。そのため、適宜webで検索して見ながら読んだ方が良いかと思います(「国子监 导览图」などで検索)。

*1:個人的には、歴史を特異な事件のつらなりとして描くよりも、こういった時間スケールの長い話題を扱う方が好み。

*2:私は慣れてないのできちんとは理解していないです。

*3:固有名詞が分かればそれをとっかかりに検索できるので、文献の名前を知れるだけで嬉しいです。