2023年秋の河西回廊旅行と2024年秋の新疆の旅で仏教東伝の足跡をたどった*1のですが、実は仏教とその歴史についてあまり知らないなと感じたので、改めて関連する本を読んでみました。 この記事では、それらの本の内容と感想、本どうしの比較などをメモとして残しておきます。
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要約/比較
- 日本仏教を主にさらいたい場合は、「仏教入門(岩波ジュニア新書)」がよさそう。著者の専門が日本仏教で、項数も日本仏教が半分以上を占めている。
- インドでの仏教の発展や、教義そのものについて知りたい場合は「わかる仏教史」が詳しめ。著者はインド哲学が専門。
- 「仏教の歴史(講談社メチエ選書)」はフランスの読者向けに書かれた本の翻訳で、幅広い地域の仏教を俯瞰的に眺めることができる。
- 「仏教の歴史2(山川 宗教の世界史)」は東アジアの仏教史についての本。ただし、粒度が上の3冊に比べて細かくて、自分には詳しすぎたかも。
- 「仏典はどう漢訳されたのか」は漢訳に焦点を当てたものでこの記事の趣旨からは若干ずれるのですが、非常に読みやすく面白いので、このトピックに興味のある方にはおすすめ(仏教史の背景知識がない場合は、上の岩波ジュニア新書か講談社選書メチエあたりを読んでからが良いかも?)
仏教入門(岩波ジュニア新書)
今回最初に読んだ1冊です。 岩波ジュニア新書らしく、敷居の低い本だと思います。 タイトルは「仏教入門」ですが、教義については軽めで、基本的に仏教史を扱っていると思います。
著者が日本仏教を専門にしていることもあり(「はじめに」より)、本書も日本の仏教の比重が大きめです。具体的には、全体の半分以上のページが日本仏教に割かれています。 章立てとしては : 最初の1章で仏教の全体的な思想の概要を述べ、続く2章ではそれぞれインドでの仏教誕生から大乗仏教成立までと、中国・朝鮮の仏教について述べ、残る3章で日本の仏教の流れをさらっています。
最近は国内旅行のために日本史も少し勉強しているのですが、この本で改めて日本仏教の流れ読むと、頭の中が整理されました。ざっくばらんに述べるなら、奈良時代の官僧(公務員としての僧侶)仏教から始まり、その束縛を離れた鎌倉新仏教が隆盛し、そして江戸時代には寺請制度などによって再び僧侶が一種の官僚となった、というのが大きな流れという理解です。 一方で、各時代の具体的な話題も興味深かったです。平安後期の僧界が俗世化していたため、官僧の世界を離れて修行に集中することが「遁世」と呼ばれたこと(p.119)、本地垂迹を逆にした「反本地垂迹」も神道の立場から一部で主張されたこと(p.104)、江戸時代の儒学や国学などの立場からの批判があったこと(p.163~p.166)などなど。
また、日本仏教以外でも、知りたかったこと(仏教の経典がどういう体系になっていてどの言語で書かれているのか、もともと人間としての仏陀の教えだったものがどういう経緯で超自然的な如来を信仰するようになったのか*2、などなど)についてもだいたい触れられていて、最初の1冊としてちょうど良かったと思います。 特に、東伝仏教の礎たる中国仏教では、インドの様々な経典が順不同に受容された、という話が興味深かったです。
仏教の歴史(講談社選書メチエ)
- 書名: 仏教の歴史 : いかにして世界宗教となったか (講談社選書メチエ ; 791)
- 著者: ジャン=ノエル・ロベール 著, 今枝由郎 訳
- 出版社: 講談社
- 出版年: 2023
- ISBN: 978-4-06-533534-5
フランスの研究者(専門はチベット歴史文献学)による本です。著者は様々な言語(特に日本語と中国語)に堪能で、なんと日本語版のための序文は著者自身が日本語で書いたとのことで驚きました(p.165 訳者解説より)。
注や索引などを除くと、本編は140ページほどと短いです。一方で扱う範囲は広い(上記の岩波ジュニア新書「仏教入門」よりも広い)ため、1つ1つのトピックの扱いは必然限定的ではあります。
元々はフランスの読者に向けて書かれた本のようで、日本や東アジアからの視点ではなく、様々な地域の仏教を偏りなく扱っている点が特徴的かと思います*3。 特に、上記の「仏教入門」や下記の「わかる仏教史」であまり扱っていない範囲の話題としては以下が挙げられるかと思います : 南伝仏教(本書では「テーラワーダ仏教」)、チベット仏教、仏教と言語、そして何よりも特徴的なのが、欧米への仏教の布教や、欧米の仏教研究史について、など。
言語好きとしては、仏教と言語との関わりについて書かれた内容が特に興味を惹かれました。具体的には : 南伝仏教の経典はいずれも言語はパーリ語だが文字は土着のものが用いられていること(p.98)、ブッダは布教にあたってサンスクリット語の利用を避けていたこと(p.119)、清代には満州語への訳経も行われたこと(p.124)などなど。
わかる仏教史
- 書名: わかる仏教史
- 著者: 宮元啓一
- 出版社: 春秋社
- 出版年: 2001
- ISBN: 4-393-13505-9
角川ソフィア文庫からも再版されています(私は図書館にあった春秋社のものを読みました。)。 www.kadokawa.co.jp
著者はインド哲学が専門(あとがきより)とのこと。 そのためか、ページ数にして全体の約6割をインド仏教が占めています。 チベット仏教、南伝仏教には軽く触れるだけ。中国仏教はもう少し詳しめですが、日本仏教への影響という観点でのみ書いたとのこと。 日本仏教についても一通り扱っていますが、やや駆け足感もあり、こちらについては岩波ジュニア新書の方が詳しい気がします*4。
上述したようにインド仏教、およびその思想的な内容についての扱いが非常に詳しく、上記2冊の本とはだいぶい毛色が異なるように感じられました。 思想に触れた部分が多いのは、詳細目次からも読み取れるかと思います: 「空を説く般若思想」「深淵な教えを説く華厳思想」「ことばを超えて跳べ―中観哲学」などなど。 また、大乗仏教の起源や、大乗仏教(特に密教)がヒンドゥー教から受けた(と推察される)影響についての議論などもあり、「解脱を目指すブッダの教えと、日本の仏教はだいぶ異なるなー。両者はどうなってるのかなー」と疑問に思っていた身としては、興味深く読めました。(ただ、個別の教義の細かい内容は飛ばし気味にしか読んでいません。)
仏教の歴史2(山川 宗教の世界史)
山川の宗教の世界史シリーズのうちの1冊です。 副題の通り、東アジアの仏教を扱います。ちなみに、「仏教の歴史1」ではインド・東南アジア・チベットの仏教を扱う予定のようですが、本記事執筆時点(2024-12-15)、まだ出版されていないようです*5
中国についての部分だけを拾い読みしました。 人名が多く情報密度も高いので、自分にとっては詳しすぎたかもですが、飛ばし読みでもある程度中国仏教の歴史の様子を大雑把につかめたかと思います。日本仏教に主眼を置いた本で叙述される中国仏教は隋唐までが中心(か新しくても宋代まで)な気がするので、元以後の仏教について知れたという意味では良かったです。
また、中国における仏教の受容の経緯を紹介した箇所はなかなか興味深かったです。具体的には、
- 仏教についての問答集「理惑論」(後漢~三国時代に成立?)の内容から、当時の中国における仏教への見方が読み取れる。具体的には、仏を仙人のような超自然的な力を持つ者として説明したり、仏道修行の儒教的倫理に反する面(e.g. 儒教的には子孫繁栄を願うものだが、妻子を捨てて出家するのは孝行の道に反するのではないか?など)が問われたりしている。(p.27~p.29)
- 盂蘭盆会は中国で創始されたものである。これは儒教の孝経の思想(親孝行、先祖崇拝)を取り込んで撰述された「盂蘭盆経」に基づている。(p.87)
仏典はどう漢訳されたのか
あまりに面白かったのでボリュームが大きくなり、別記事にしました。