世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

ウズベキスタン旅行の予習に読んだ地理や歴史の本のメモ

2024年春にウズベキスタンを旅するにあたり、歴史や地理などの予習に読んだ本をメモしておきます。

旅全体のまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

全般

ウズベキスタンを知るための60章

www.akashi.co.jp

  • 著者 : 帯谷知可 編著
  • 出版社 : 明石書店
  • 出版年 : 2018
  • ISBN : 978-4-7503-4637-3

言わずと知れた、明石書店のエリア・スタディーズシリーズの1冊です。自然地理から始まり、歴史、社会、文化、政治経済など幅広い話題を扱います。

そのカバー範囲の広さ故に1章あたりのページ数は短く(だいたい4~10ページ)情報密度も高く、読んでいるだけでは目がページの上を滑ってしまい中身が頭に入ってきにくいところもありました*1。ただ、巻末の参考文献一覧にはどの章に対応しているかの番号が付記されており、詳しく知りたい場合の助けになると思います。

読んで印象に残った話

本の内容紹介からは少しずれるのですが勉強になった話 : 「ウズベキスタンはティムールを民族の英雄として扱ってるけど、ティムール朝を滅ぼしたのはウズベク族のシャイバーニー朝だし、この扱いは良いのか...?」と思ってたけど、「現代のウズベク人は1924年の民族・共和国境界画定で定められたもので、その祖先には、テュルク系民族の到来前にこの地に住んでいてテュルク化された人々も、シャイバーニー朝(遊牧ウズベク)より前に移住してきたテュルク系遊牧民も含まれている。ということで、遊牧ウズベクに滅ぼされたティムール朝の開祖ティムールを現代のウズベク人が民族の英雄と扱うのはなんら不自然ではない。」という趣旨の記述(p.79)を読んで、「はえー、名前だけで同一視してすみません。。。」と短慮を恥じました。

中央ユーラシア文化事典

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b304929.html

「事典」とあるのですが、いわゆる「たくさんの項目を全ての五十音順に並べたもの」ではないです。 「1章 地理と環境」「2章 歴史」などとジャンルを分けた上で、その中に1項目で見開き2ページほどの解説が書かれた形式になっています。 全318項目です。

さすがに通読はせず、関連する項目などを拾い読みしました。 「ブハラ」「ヒヴァ」など都市についての項目もあるので、観光前に都市の歴史をさらえたのはよかったです。 本音を言うと、買って家に置いてまったりゆっくり通読したいのですが、なかなかお高い...。

なお余談ですが、似た名前の「中央ユーラシアを知る事典」もあります。こちらはぱらぱらめくった限りでは「たくさんの項目を全ての五十音順に並べた」タイプのもので、1000項目あるとのこと。「中央ユーラシア文化事典」とは、用途によって使い分けできそうです。

歴史

オアシス国家とキャラヴァン交易(世界史リブレット)

www.yamakawa.co.jp

  • 著者 : 荒川正晴
  • 出版社 : 山川出版社
  • 出版年 : 2003
  • ISBN : 4-634-34620-6

「オアシス国家とキャラヴァン交易」読了。主に4-8世紀頃?のソグディアナから中国にかけての交易活動を論じた本です。 ソグディアナとタリム盆地、河西回廊あたりの比率が高かったと思いますが、中国内地やステップルートについての言及もありました。 この時代・地域の交易活動がどのように行われていたのか、その様態を詳しく描いており、東西交易についての理解の解像度が高まったと思います。

読んで印象に残った話

  • オアシス国家は西のソグディアナにも東のタリム盆地にも分布しているが、それらの社会の性質は異なる。(e.g.)長距離のキャラヴァン交易に従事したのはもっぱらソグド人であり、タリム盆地の人々ではなかった。
  • ソグド商人が皆長距離の交易に従事していたわけではなく、近距離での交易も多かった。たとえ長距離で交易するにしても商品は長距離を一度には移動しなかった(途中でこまめに取引を行っていた)。
  • 唐帝国の成立により唐内地とタリム盆地の旧オアシス国家の経済的一体化が進んだが、この背景には(交易路の整備以外にも)タリム盆地への唐軍の進駐と、軍の支払いのための絹の大量流入(toタリム盆地)がある。

ただ、現代のウズベキスタンの有名所の文化財や史跡はテュルク化後/イスラーム化後のものが多かったです(例外はサマルカンド郊外のアフラシヤブの丘)。そのため、ウズベキスタン旅行の予習としてはこの本はもしかしたら少し的を外してるかもしれません

内陸アジア史の展開 (世界史リブレット)

www.yamakawa.co.jp

  • 著者 : 梅村坦
  • 出版社 : 山川出版社
  • 出版年 : 1997
  • ISBN: 4-634-34110-7

内陸アジア(中央ユーラシア)の文化の基層としてテュルク民族、イスラームチベット仏教の3要素を取り上げ、これらの形成過程や来歴を紹介した本です(ほぼ出版社の解説文のとおり)。

構成としては、「内陸アジアの現在」と「環境と人びと」がちょうど半分くらい(約40ページ)で、これらの章で準備をしたうえで、後半「トルコ化の歴史」(約20ページ)と「イスラームと仏教」(イスラームと仏教についてそれぞれ12ページ程度)に進みます。「イスラームと仏教」の章のイスラームの部分ではカラハン朝などの文脈でテュルク化についても触れられているので、テュルクの話が分量多めかと思います。

読んで印象に残った話:

  • タリム盆地あたりのテュルク化について、西ウイグル王国におけるテュルク系民族の定住化の過程を紹介した部分は興味深かったです。突厥などの遊牧国家*3の印象はあったのですが、テュルク系の人々自身が定住化したタイミングについてはあまり意識したことがなかったです。また、定住化の要因として、定住文化圏との長きにわたる相互作用の他に、ウイグル王国の西遷に伴って牧地が狭くなって遊牧に必要な人手が減少したことを挙げていたのが印象的でした。
  • チベット仏教については、モンゴル帝国清王朝の庇護を通じてモンゴル文化圏に広まるなど、政治権力との近さが印象に残りました。
  • 史料の紹介もあり、興味深かったです。具体的には、宋の使節の王延徳による西ウイグル王国の繁栄を伝える情報(p.58)や、アラビア文字ウイグル文字の銘文が描かれたカラハン朝の貨幣*4 (p.65)など。

なお、テュルクの初期についてはかなり情報密度が高く、駆け足で通り過ぎた印象です。地名や民族名などの固有名詞が連発されるので、地図*5を見ながら読み進めました。

また、東側(タリム盆地)詳しめ、西側(マー・ワラー・アンナフル)はあっさりめの印象です*6。マー・ワラー・アンナフルについて、カラハン朝の時代にテュルク・イスラーム文化が確立したことの言及はありますが、定住化については特に言及はなかったと思います。そもそも西側は比較的後の時代まで都市民の使用言語はペルシア語だった気がする*7ので、東側との違いなどの議論があっても面白かったかもしれません*8

注意点として : 出版年が30年近く前のため、冒頭部分や「内陸アジアの現在」の章についてはかなり古さを感じます。 また、本書出版後の30年の研究の進展によって修正された点もあるかもしれませんが、こちらは私の知識では判断がつかないです。

中央アジアイスラーム(世界史リブレット)

www.yamakawa.co.jp

  • 著者 : 濱田正美
  • 出版社 : 山川出版社
  • 出版年 : 2008
  • ISBN : 978-4-634-34700-7

地域としては広い意味での中央アジア*9、時代としては概ねアッバース朝からティムール朝の時代を対象*10としています。 ただし、通常の歴史の本というよりは、イスラーム思想・宗教史の本と言った方が良いかもしれません。

中央アジアイスラームがどのように発展してきたか、が本書の中心的なテーマですが、中央アジアイスラームになした貢献に焦点が当てられていたと思います。 具体的には、イスラームの信仰の定式化にあたって中央アジア出身者が大きな役割を果たした話(ハディースの収集と編纂、教理要綱書の執筆など)であったり、神秘主義教団の隆盛(ブハラを本拠地とする神秘主義教団ナクシュバンデイー教団が西はバルカン半島、東は東南アジア島嶼まで広まった)など。 もちろん、イスラームが既存の中央アジアの文化に与えた影響についての記述もあります。たとえば、遊牧民の王の起源についての神話がイスラーム色を帯びた形に変わった例が述べられていました。

本筋から逸れるのですが面白かった話 : イスタンブールスレイマニイェ図書館にはマムルーク朝の「礼拝序説」の写本があり、なんとアラビア語の行間にマムルークたちの故地のキプチャク草原のテュルク語による翻訳が記されているとか。多文化とか多言語の話が好きなので、こういう話はわくわくします。

リブレットにしては固有名詞(人名・地名ともに)がかなりの勢いで現れるので、中央アジアの地名と位置関係や、イスラーム世界の歴史についてある程度見取り図が頭に入っている方が読みやすいと思います(正直に言うと、私はきちんと読めずに流し読みした箇所も多かったと思います。。。)。

ティムール 草原とオアシスの覇者(世界史リブレット人 )

www.yamakawa.co.jp

  • 著者 : 久保一之
  • 出版社 : 山川出版社
  • 出版年 : 2014
  • ISBN : 978-4-634-35036-6

サマルカンドを都としたティムール朝創始者、ティムールについてのリブレットです。

ティムールが頭角を現す背景の部分から詳しく紹介されていました。 具体的には、モンゴル帝国による中央アジアの攻略から説き起こし、チャガタイ・ウルスの分裂などについても紙幅が割かれています。 これを踏まえて、ティムールのモンゴルの血を引く遊牧民としての側面と、イスラームを信仰する者としての側面の、若干相反する両面を紹介していた点が印象的でした(3章「イスラームとモンゴルの間で」に詳しいです。)。 前者としては、オゴデイ家の血統の者を傀儡のハンとして擁立したり、自らはチャガタイ家の女性を正室に迎えたり、征服した都市のムスリムを奴隷とした点など。後者としては、ウラマーの保護、聖者廟などへの寄進、また征服活動の大義名分として異教徒への聖戦を掲げたことなど。

もちろん、活発な征服活動についてももちろん紹介されています。 地名が多いのですが、地図が掲載されており、読むにあたって助けになったと思います。

一方、経済や文化の話は全体から見るとやや少ないように感じられました*11。一応、4章「為政者としてのティムールの功績」にはビビ=ハヌム モスクやグーリ=ミーアル廟についての言及はあります。

ティムール帝国(講談社選書メチエ)

bookclub.kodansha.co.jp

  • 著者 : 川口琢司
  • 出版社 : 講談社
  • 出版年 : 2014
  • ISBN : 978-4-06-258573-6

表題は「ティムール帝国」ですが、分量としては6割程度がティムールとそれ以前にあてられています。 内容としては政治史がメインのようです。私は政治史にはあまり興味がないので、興味のある個所のみを拾い読みしたにとどまります。

個人的に興味を惹かれた話としては

  • ティムールはサマルカンドの都市内部にはあまり入らず、郊外のバーグなどで生活していた話(p.148~)*12
  • ウルグ・ベク統治下のマーワラーアンナフルの繁栄を伝える地理書(ハーフィズ・アブルー)の記述を紹介した箇所(p.200~)

建築

以前、イランやトルコを旅する際にイスラーム建築の本を読んだので、そのうち何冊かの一部を読み返しました。

amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

具体的には、

  • 「世界のイスラーム建築」の「第11章 サーマーン廟」
  • 「増補 モスクが語るイスラム史」の「5 光輝の時代―十五~十七世紀 2 ティムール朝とモスク」(p.218~)でビビハニム・モスクなど
  • イスラーム建築の世界史」、サーマーン廟(p.42~)、ティムール朝の建築いくつか(p.123), レギスタン広場について少し(p.185)

*1:イランのエリア・スタディーズを読んだ時もそう感じたので、このシリーズとしては共通の傾向かも?

*2:たとえば、「キンナチ」「バフチ」と呼ばれる人々は精霊を用いて病の治癒にあたるのだが、その際に呪文のような扱いでクルアーンの聖句を唱えたり、イスラーム聖者の廟に奉納した水や食べ物を患者に与えたり、など。

*3:支配者層は遊牧民としての文化を保って軍事力を担い、定住民のオアシス都市などを支配する形の国家、という雑な理解。

*4:イスラーム信仰告白もあれば、「タブガチ(中国のこと)・カガン」という文言もあるとのこと。

*5:壁に東光書店の「シルクロード歴史地図」を貼ってある。

*6:著者の専門としてはウイグルが近いようなので、尤もだとは思います。

*7:要出典

*8:このへんは素人の放言かもです。。。

*9:具体的には、マー・ワラー・アンナフルを中心に、北はカザフ草原、東は新疆、南と西はホラーサーンを含む。

*10:ただし、当時の著作がより後代まで影響を与えている話も多い。

*11:ただし、これは私が経済史や文化史に特に興味があるので短く感じているだけかもしれません。

*12:元やサファヴィー朝についても似たような話を読んだ記憶が朧気ながらあります。