世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

イスラーム建築の本のメモ(イラン旅行とトルコ旅行の予習)

2022年秋のイラン旅行と2023年春のトルコ旅行にあたり、イスラーム建築の本を何冊か読んで予習しました。 この記事には、そのときに読んだ本のメモを残しておきます。

2023年のトルコ旅行のまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

要約

  • 最初の1冊には、カラー写真が主な「世界の美しいモスク」「すぐわかるイスラームの美術」がハードルが低くておすすめです。
  • もうちょっと詳しく知りたい場合は「イスラム建築がおもしろい!」が(少し情報詰め込み過ぎてる感がありますが)良さそうです。
  • あとは興味の方向性次第かと思います(最後の2冊はけっこう議論が細かいのでいきなり読むのは厳しそうですが、他の本で準備しておけば問題ない気がします。)
    • 地域別に見たければ「世界のイスラーム建築」
    • 政治史との関係に興味があれば「モスクが語るイスラム史」
    • 時系列で捉えたければ「イスラーム建築の世界史」
    • ドームやムカルナスなどの個々の建築要素を詳しく知りたければ「イスラーム建築の見かた」。
  • トルコに絞ったものとしては「トルコ・イスラム建築紀行」と「トルコ・イスラム建築」(どちらも同じ著者)があります。前者は写真メインで、後者は文章による解説がメインです。

なお、紹介した本のうち大半は同一著者によるものです。日本にこの分野の本を書ける専門家が少ないのかな。。。

世界の美しいモスク

www.xknowledge.co.jp

世界の美しいモスクを、(エクスナレッジ社の本らしく?)カラーの大判写真で紹介した本です。

解説は少ないですが、写真が大きく美しいので、とっかかりとして写真を見る本として良いと思います。 また、他の本を読む際のお供としても有用でした。 たとえば、他の本(大きな写真があまり載っていない)で出てきたモスクの全体像や詳しい写真などを見たい場合に、この本をめくって写真を眺めるなどしていました。

解説部分では、専門用語があまり断りなく登場します。ただ、巻末に用語集はあるので、気になるものを調べながらであれば読み進めるのにあまり支障はないと思います。

なお、一点注意ですが、この本はタイトルの通りモスクしか扱っておらず、他のイスラーム建築(マドラサや墓廟など)は扱っていません。

すぐわかるイスラームの美術 建築・写本芸術・工芸

www.tokyo-bijutsu.co.jp

150ページほどで、見開きの半分くらいが写真・図/半分くらいが解説という、軽めの入門書です。こちらもオールカラーです。

副題の通り、建築のみならずイスラームの美術を幅広く扱っています。 また、建築はモスクだけでなく墓廟や宮殿まで、写本もクルアーンだけでなく科学書や物語書について述べられています。

ページ数に対して扱うトピックが多いのですが、不思議と駆け足感はあまり覚えませんでした。図解やピックアップ記事などで緩急つけた構成になっており、とても読みやすかった記憶があります。

多様なイスラム美術の全体像をつかむにはとても良い本かと思います。工芸のところはあまり詳しく読んでいなかったので、また読み返したいです。(イスタンブールのトルコ・イスラーム美術博物館を訪れたので、工芸への興味が増しました。)

イスラム建築がおもしろい!

www.shokokusha.co.jp

こちらも入門書的な本です。モスクなどの宗教建築から、宮殿や住宅などの世俗建築まで、カバーする内容は幅広いです。

見開き2ページで1トピックを扱っており、左1ページに文章、右1ページに図/写真という構成になっています。ただし、若干情報を詰め込みすぎている気がして、文章での記述がやや駆け足だったように感じました。また、文章中から図版への参照も他の章/節への参照が多く、ページを行き来するのが若干億劫かもしれません。

と、若干情報密度が高すぎる気がなきにしもあらずですが、ゆっくり読むと知識が広がっていくのを楽しめました。流し読みしたところも多いので、今読むとまた新しい発見がありそうです。

なお、巻末に解説付きの参考文献リストがついており、これは大変良かったです。 英語文献も含まれており、中には「現在、イスラム建築史の基本となる文献」というコメントが付されている本もありました*1

世界のイスラーム建築

bookclub.kodansha.co.jp

世界各地のイスラム建築を、地域別に紹介した入門書です。 1つの章では主に1つの建築(または街)を取り上げています。 扱う地理的範囲は、アラブ/地中海世界、ペルシア世界だけでなく、中国やアフリカ大陸、東南アジアなども含まれています。

ここで紹介した他の本と比べると、モスク以外(墓廟、宮殿、旧市街など)の比率が高かったように思います。

また、「地域別に紹介」とは書いたのですが、一般論や歴史の流れなども一部で言及されています:

  • いくつかの章の後半などで、イスラム建築に共通する歴史背景や、要素技術についても紹介されている。たとえば、フェズの旧市街についての4章ではムカルナスの発展について、カラーウーンの複合施設についての6章ではワクフについて、など。
  • 章の間の「〇〇いろいろ」はイスラム建築のもろもろの要素(モスクの間取り、ミナレット、ドーム、など)をそれぞれ分類して簡潔にまとめられており、理解の助けになりました。

増補 モスクが語るイスラム史 建築と政治権力

www.chikumashobo.co.jp

副題「建築と政治権力」の通り、イスラーム世界にけるモスクをはじめとした歴史的宗教建築を読み解き、それらと政治権力との関係を述べた本です。 類書と比べると、焦点が建築そのものからはやや外れて、歴史背景寄りになっています(とはいっても平面図などは多用しており、歴史の本というよりは建築の本に分類されると思います。)。

ざっと全体の流れを見ると : イスラーム成立当初は質素な造りだったモスクが、カリフの権威の象徴として壮麗な建築として建てられるようになり、そしてアッバース朝以後の分裂に伴って各地に多様なモスク(やその他の宗教建築)が建てられていく様を眺めることができます。 個人的には、「アイユーブ朝からマムルーク朝にかけて、モスクの建築が下火になり、権力者が自らの墓を備えたマドラサを建てるのが流行した」話が興味深かったです。

なお、元の中公新書版は1994年出版と古いので、詳細な中身がどれだけ正しいかはわからないです(e.g. 本書では角塔型のミナレット北アフリカに特徴的なものとして述べていましたが、深見奈緒子イスラーム建築の世界史」などでは角塔を古い時代の標準的なミナレットの形と記載しており、齟齬がある気がする。)

イスラーム建築の世界史

www.iwanami.co.jp

イスラーム建築の歴史の流れを時系列に沿って追う本です。章立ても年代別になっています。個別の建築を詳述するよりは、あくまで歴史の流れに主眼を置いており、様々な様式がどのように広まり、変化したかを詳述しています。

イスラーム建築の歴史に対する理解の解像度が上がり、興味深かったです。たとえば、

  • ペルシア様式の広まり方やそのバリエーションについての記述。エジプトでは煉瓦造りから石造りに変わったり、寒冷なアナトリアでは中庭をドームで覆ったり、などなど。
  • ペルシア様式とは一線を画すマグリブ/アンダルシアの様式も決して古い様式をそのまま保ち続けているわけではなく進展がみられる(e.g.アーチネットの発展や、装飾の精緻化など。

また各章の終わりには、イスラーム建築と、イスラーム圏以外の建築との比較についての野心的な節もあり興味を惹かれました(ただし、このあたりの議論の正確性は私にはわからないです。)。

イスラーム建築が初めてという人にはハードルが高そうな気がしますが、イスラーム建築の入門書を読んだ上で、「様々なイスラーム建築がどういう経緯で発展してきたのか」ということが気になった段階で読むと楽しめると思います(私はこのようなタイミングで読みました。)。

イスラーム建築の見かた 聖なる意匠の歴史

www.tokyodoshuppan.com

イスラーム建築を構成する個々の要素に着目した構成になっている本です。たとえば、各章のタイトルは「ドーム」「ミナレット」「ミフラーブ」「ムカルナス」などとなっています。

各章では地域や時代をまたいでその要素について論じられているので、イスラーム建築における共通点と多様性や、当該建築要素を見るときに着目すべき点を捉えやすかったと思います。 たとえば「3章 ドーム」では、「矩形の部屋にいかにして円形断面のドームを乗せるか」という問題に対して、スクィンチ・アーチ技法を紹介した後、多種多様な例を写真で掲載しており、理解が深まったと思います(恥ずかしながら、他の本で読んだときは、定義がよくわかっていませんでした。)。また、「6章 ムカルナス」では、スクィンチ・アーチの移行部の曲面が細分化してムカルナスの発展につながる様子が複数の写真で例示されており、腑に落ちました(これも類書では言葉だけ言及されていたけどよくわかってなかった。)。

こちらもイスラーム建築について何も知らない状態で読むにはハードルが高いかもしれませんが、イスラーム建築を構成する個々の要素に興味が出たときに読むと得るものがあると思います。私の場合は、この本のおかげで、現地で建築を見るときの解像度が上がったように思います。

トルコ・イスラム建築紀行

www.sairyusha.co.jp

トルコのイスラーム建築を紹介した本です。次に書く「トルコ・イスラム建築」と異なり、こちらは写真がメインで、他ではめったにお目にかかれないくらいの量の写真を見ることができます(しかも全編カラー)。建築の図面も掲載されています。

また、タイトルの「紀行」にも示唆されていますが、実際に訪問するための便宜を考えた本になっていると思います。具体的には、

  • 章立ては都市別になっているので、訪れる予定の都市のイスラーム建築を一目で確認することができます。
  • 建物外面の見どころの方角や、おすすめの時間帯(日の当たり方などが変わるので)などの情報も掲載されています。
  • 巻末には現地を訪問するためのモデルコースもありました(ただし、刊行年が古いので私はあまり参考にはしませんでした。)

情報密度がやや高いので、まずはイスラーム建築一般の本を読んでおいたほうが理解しやすい気がします。(一応、巻末に用語解説がまとめられています。)

なお、著者の方は高校の物理教師や校長を務めたのち、定年退職後にトルコに留学してトルコ語とトルコ建築史を学んだとのことです。

トルコ・イスラム建築

www.fuzambo-intl.com

上の「トルコ・イスラム建築紀行」と同著者による本です。こちらは文章がメインです。また、章立ても時代順になっています。

構造/力学的な説明も詳細に書かれています。たとえば、

  • アヤソフィアイスタンブールのモスクについて、副ドームやピアの個数、バットレスの有無や大きさ、ピアの太さ、などが比較されています。
  • 巻末には「正方形の部屋にドーム天井を架ける方法について」というまとめがあり、スキンチ、トルコ三角形、トルコ扇、ペンデンティブなどが比較できます。

トルコ三角形やトルコ扇はアナトリア(のセルジューク朝やベイリク時代)に特有*2の構造なので、コンヤのモスクなどを見る前にこの本でおさえておけてよかったです。現地で見たときの記録は

amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

*1:こういう、「リファレンスとして使えそうな、業界の権威ある本」は外の世界からだとなかなか知る機会がないので、こうやって紹介があるのはとてもありがたいです。

*2:とまで言い切れるかどうかは分からないですが、少なくともイランを旅したときは見かけなかった気がします。