世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

トルコ旅行の予習に読んだ歴史の本のメモ

2023年ゴールデンウィークのトルコ旅行では、遺跡や歴史的建造物、博物館などをがっつり回るので、トルコやその周辺の歴史を何冊か本で予習していきました。 この記事では、その時に読んだ本を記録しておきます。

とりあえず、「古代ローマを知る事典」はとても良い本なので、おすすめです。

トルコ旅行そのもののまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

全般

詳説世界史研究

www.yamakawa.co.jp

山川出版社の高校世界史の教科書に準拠しながら、教科書の内容をより深く掘り下げた本です。 最初の版は1995年出版ですが、こちらは2017年出版の(2023年時点での)最新版です。いずれにせよロングセラーですね。 内容紹介はこちらなどを参照 。 www.u-tokyo.ac.jp

個別の本を読む前に、まずはこの本の該当箇所を拾い読みするようにしており、重宝しています。 ただ、項数にすると近代以後が半分近くを占め、前近代の記述が相対的に少ない(圧縮されている)点については要注意です。

タペストリ

www.teikokushoin.co.jp

「詳説世界史研究」と併せて買った資料集です。私が買ったのは2022年なので、二十訂版ですが、上記リンクは記事執筆(2023-06)時点で最新版の二十一訂版です。 こちらも「詳説世界史研究」と同じく、該当箇所を拾い読みしました。

トルコの話とはあまり関係ないのですが、この本の特に好きな点は以下の2点です:

  • 冒頭に時代ごと(近代を除くとだいたい100~200年単位)の世界地図が示され、時代ごとに世界を俯瞰することができる。
  • 地域/時代ごとのセクションの最初には、自然環境(地形や気候、海流など)について整理されており、これらの条件を踏まえた上で歴史を理解することができる。

学術書などの値段を見た後にこの本を見ると、フルカラー、図版たっぷりなのに、1000円しないというのが恐ろしい(←

世界歴史の旅 トルコ

www.yamakawa.co.jp

山川出版社の「世界歴史の旅」シリーズの1冊です。

前半は歴史の解説、後半は各史跡の解説、という構成になっています。 前半部分については、著者が考古学者ということもあり、先史時代含めた考古学方面の解説が多い点が印象的でした。 後半の史跡解説の部分は著者本人の訪問時の紀行文的な書き方になっている箇所もあり、興味深かったです。ただし、既に20年前なので、現在の状況とは異なる情報もありました。(e.g.)イスタンブールの地下宮殿は、この本では閉鎖されていることになっている。

私は「詳説世界史研究」「タペストリー」を読んだ後にこの本を読みましたが、もっと後に読むべきだったと思います。 というのも、紙幅の関係か前半の歴史解説部分が駆け足だったためです。「他の本で歴史の詳細を押さえてから、この本で各史跡の解説を読む」のが良い使い方なのではないかと思います。 なお、年号などの誤記が散見されるので要注意。

古代ギリシア古代ローマ周辺

旅の前半では、エフェス遺跡(エフェソス遺跡)やヒエラポリス・パムッカレなど、主に古代ローマ時代の遺跡を訪れることになっていたため、まずは古代地中海/西洋古代あたりの本を読みました。

古代地中海世界の歴史

www.chikumashobo.co.jp

放送大学の教材がもとになっているようです。

著者の専門は古代ローマ史ながら、メソポタミアやエジプトも(あっさりした記述ながら)射程に入っています。また、共著者による美術解説も入っているのが特徴的だと思います。

「詳説世界史研究」よりは記述が詳しく、ギリシャ・ローマを中心とした古代地中海史の概観をつかむのには良いかと思います。 ただし、著者の筆が滑ったような箇所や、価値判断/評価が入り込むところがやや目につくので、そのあたりは割り引いて読みました。

はじめて学ぶ西洋古代史

www.minervashobo.co.jp

2022年出版と新しい本です。タイトルに反して「はじめて学ぶ」にはやや向かないかもしれないですが、一推しです。

「はじめて学ぶ」にはやや向かないと書いた理由は、

  • (1)通史的な書き方になっていない : ギリシア編では通史的記述ではなくポリス別やトピック別で、年代がやや行ったり来たりするので注意が必要でした。ローマ編では8, 9章は通史的な記述になっていますが、それ以外はトピック別になっています。
  • (2)ある程度の知識は前提にしていると思われる : 高校世界史+αの前提知識はあった方が良いと思います。特に、(1)で書いた通りの構成なので、通史的な全体の枠組みについては知っておいた方が読みやすいと思います。私は上述の通り少し他の本を事前に読んでいましたが、それでも一部に前提知識の不足を感じました。(特に属州の章。)今思えば、中公新書の世界の歴史シリーズの「ギリシアとローマ」を先に読んでおいた方が良かったかもしれません。

と、若干のハードルはあるものの、非常に興味深く読むことができました。 具体的には、ここまで読んだ本の正史的な記述に比べると、やはり一段深く掘り下げた議論が紹介されている点が良かったです。(e.g.)史料の由来や信頼性、社会構造の分析、考古学的な成果などなど。 また、各章の末尾にコメント付き(ここ大事)の読書案内が付されており、より詳しく学ぶのにもとても便利だと思います。

個人的には、ローマ経済の章がかなり面白かったので、深掘りしたいです。

古代ローマを知る事典

www.hanmoto.com

「はじめて学ぶ西洋古代史」の複数章の読書案内に出てきたので読んでみました。こちらも一推しです。

書き方は通史的な政治史にはなっておらず(一応、4章で「ローマ小史」として扱っていますが、30ページ程度。)、トピック毎に掘り下げていく章立てになっています。 ざっと内容を概観すると:

  • 第1章では、古代ローマを知るための史料の種類や、それらの史料の問題点/注意点について述べられています。
  • 第1部の残りでは、政治制度や身分制度について概観した上でローマ小史をさらい、さらに社会の全体像を眺めています。特に、政治制度では各種民会の違いや、民会の仕組み、政務官の職責などについて詳しく紹介されています。
  • 第2部では、ローマの社会と生活について、よりミクロな観点(というよりも個人の生活に近い分野?)に着目しています。特に、人口学的トピック(人口、寿命、ライフサイクル)に3つの章を割き、手厚く見ています。また、最後の1章では、主に古代資本主義論争の文脈で古代ローマの経済についての近年の研究成果を紹介し、古代ローマでなされた技術への投資などを論じています。
  • 付録には古代ローマの暦と貨幣の記載があり、また年表や参考文献リストもついています。

個人的には、以下のような点が特に興味深かったです:

  • 第1章で、きちんと史料の性質についてまで論じているあたり、通俗的な本とは一線を画しているように思われます(タイトルを見ると軽い本のようにも見えてしまいますが、さにあらず。)。
  • 民会の仕組みについて詳述されており、その制度の実際を垣間見ることができました。特に、投票は1人1票ではなく、富裕層に有利な制度になっていたという話が面白かったです。
  • 人口学的トピックは今まであまり考えをめぐらしたことがなかった分、非常に興味深く感じられました。特に、複数の手法(パピルス史料、墓碑、考古学的資料)から平均寿命を推定した話など、どういう手法でその結果が得られたかまで紹介されていた点が良かったです(推計の議論を追えるほどではないが、天下りではない、という点が良い)。
  • 第9章では、古代ローマの経済の文脈で、農業、水力の利用、鉱業について紹介しています。(こういうトピックが大好きなので。)特に、水力が従来考えられていたよりも広範に利用されていたこと(スイスやブリテン島などの帝国辺境でも水車が利用されていたことが判明した)や、鉱工業が活発であったことがグリーンランドの氷床に残された金属(精錬工程で大気中に放出された金属が氷床閉じ込められたもの)から見て取れる、という話など。

ただ、参考文献リストは参考文献が分野別に並んでいるだけでコメントがついていないので、読書ガイドとして使うにはやや不親切かもしれません。 また、2004年発行と、今となっては内容や文献リストやや古いかもしれないです。

残念ながら出版社のwebページでは「品切れ・重版未定」とのことだったのですが、増補改訂して(参考文献リストも更新して)出版してくださるのならぜひ買いたい。

追記 : これを書いた後にamazonを見に行ったところ、素晴らしいレビューが新しく書かれているのを見つけました : 明石書店のエリアスタディーズシリーズ「〇〇国を知るための55章」のようなスタイルの「ローマ帝国を知るための40章」

絵で旅する古代ローマ帝国時代のガリ

www.maar.com

タイトルの通り、水彩画によるローマ帝国時代のガリアの復元図を用いながら、都市や城壁から交通、人々の日常生活などを紹介した本です。

多数の精巧な絵で往時の姿を想像することができるという意味では興味深い本でした。 また、当時の文献からの引用も多用されています(ウィトルウィウス「建築書」やフロンティヌス「ローマ市の水道所」など。)

ただ、文章はあまり読みやすいとは言えませんでした。文章そのものが直訳調で読みにくく、加えて、絵と本文の関係が明瞭でない(本文中で絵ヘのreferがあまりない。本文と絵のcaptionが独立している。)ため、行ったり来たりしながら読まねばなりませんでした。

古代ローマ人の危機管理、古代ローマ人の都市管理

kup.or.jp

kup.or.jp

編者らの研究プロジェクトの内容を一般向けにまとめた本のようです。なお、通読はしておらず、興味のあるトピックの節や章などを拾い読みしたにとどまります。

2冊とも、古代ローマの都市遺跡(と言っても、ほぼポンペイヘルクラネウム、オスティアの3つ)を対象にしており、遺跡を都市管理や都市の危機管理の視点から論じています。 編者は建築史の研究者で、建築学や都市計画の観点からの議論が紹介されています。(ここまで紹介した他の本は歴史学の本なので、着眼点が大きく異なるように感じられました。) 遺跡のレーザー測量結果のデータが掲載されていると思えば、古代ローマの文献史料からの引用もあり、多種多様なデータや史料を用いて遺跡を読み解こうとする様は非常に興味深かったです。(とはいえ、想像を膨らませているように感じられる箇所もありました。)

具体的に興味をひかれたトピックは、

  • 住宅遺跡の扉枠に開けられた穴や沓摺から扉の開閉方向や正常方法を議論する章、
  • 古代ローマにおける窓ガラスの利用(以上、「古代ローマ人の危機管理」)、
  • ポンペイの道路の敷石に残された轍から荷車の構造を論じた話(「古代ローマ人の都市管理」)

などです。

ただ、翻訳された章をはじめ、読みにくい文章が多いように感じられました。 また、上述したように対象の遺跡や時代は限定されるので、古代ローマ全体を概観するには不向きかもしれません。(e.g.)「古代ローマ人の都市管理」ではポンペイの下水道について詳述されていて、道路に下水を流していた話が出てくるのですが、これは「ポンペイが傾斜地かつ硬い溶岩の上に作られた街なので下水道を通すことが難しかった」という事情によるもの。

とはいえ、「遺跡を見る際にこういった視点があるのか」ということを知れたという意味では、非常に収穫の大きい読書だったと思います。

ビザンツ

世界歴史の旅 ビザンティン

www.yamakawa.co.jp

上で紹介した「世界歴史の旅 トルコ」と同じシリーズの本です。 ただし、著者は美術史家のようで、前半の歴史部分は美術史に主眼が置かれており、読者を選ぶかもしれません。

今回はトルコに関連する部分のみを拾い読みしました。 私はキリスト教美術に対する理解と興味が浅いので、きちんと読めたとは言い難いと思います。

図説 ビザンツ帝国 刻印された千年の記憶 (ふくろうの本/世界の歴史)

www.kawade.co.jp

副題が示唆するように、地中海各地の遺跡や歴史的建築を訪ね歩きながらビザンツの歴史を語る本です。 著者は美術史家ではなく歴史が専門のため、類書(山川出版社「世界歴史の旅 ビザンティン」)と比べるとやはり政治史に重きが置かれていたと思います。 ただし、まえがきにもある通り、通史にはなっていません。(それぞれの時代の代表として選ばれた遺跡/歴史的建築に関連する部分の歴史のみを紹介している。)たとえば、十字軍によるコンスタンティノープル占拠は間接的にのみ言及されていました。 そのため、先に別の本などで通史はおさえておいた方が良いと思われます。

セルジューク朝

今回の旅ではコンヤ、カイセリなどでルーム・セルジューク朝期の歴史的建造物を周ることになっていたので、こちらも少しかじりました。

新版 世界各国史9 西アジア史 II

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この本の2~3章あたり、特にルーム・セルジューク朝については3章の3節を拾い読みしました。

ざっと政治史の概要をつかむのには良いかもしれないです。社会史や文化史についてはあっさりとしか触れていないので、個人的にはやや物足りないかなー、という気もしました*1。とはいえ、政治史の文脈でコンヤの歴史的建造物をいくつか写真つきで紹介していたので、旅行の予習という点では興味深かったです。

オスマン帝国

オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制講談社現代新書

bookclub.kodansha.co.jp

全8章中、最初の5章でスレイマン1世までの歴史を扱い、次の2章で統治システムを論じ、最後の1章で16世紀後半以降を駆け足に眺める構成になっています。

出版が1992年と古いためか(当時はイスラーム世界に対するネガティブな印象が強かった社会背景があったのかも?)、この本ではオスマン帝国が同時代の西洋社会に比べて先進的/開放的であったことが強調されている点が印象的でした。同時に、その先進性/開放性の限界も記述され、極端な叙述にならないように気を配っているように思われます。

イスラーム地域の歴史について初めて読むための入門書には良いかもしれません。 ただし、イスラーム史を軽く学んだことがあれば既知の内容が多かったです。また、政治史と統治機構の話に話題が絞られいる点には注意が必要かもしれません。

オスマン帝国の時代

www.yamakawa.co.jp

山川世界史リブレットの1冊です。

最初の2章でオスマン帝国成立から1699年のカルロヴィッツ条約でハンガリーを失うまでの政治史を概観し、続く2章ではそれぞれ軍制/徴税制度と、文官の官僚制度について述べています。その次の章では経済を含めたオスマン社会について紹介し、最後の章では近代を迎える直前の時代を扱っています。 ところどころ、建築などの文化面への言及もありました。

最初の2章の政治史は紙幅の都合もありやや駆け足に感じられました。そのため、ここは別の本で補うor事前に読んでおいた方が良いかもしれないです。 一方、その次の3章での軍事/官僚/徴税制度や社会経済史の話がコンパクトにとまっており、これらのトピックについてあとから調べたり整理したりする場合などに有用と思われます。(下の「オスマン帝国500年の平和」では、制度についての節が複数の章に散在していたので。)

オスマン帝国500年の平和

bookclub.kodansha.co.jp

こちらは「興亡の世界史」シリーズの1冊。上の「オスマン帝国の時代」と同じ著者による本です。

オスマン帝国の成立直前から、オスマン帝国が近代を迎える1830年頃までを対象にした、オスマン帝国の概説書です。

「『オスマン帝国 = トルコ人の国』ではない」ということを前書きで宣言しており、その通りにオスマン帝国が様々な宗教や文化の人々をどのように統治したか、そしてその支配者層が必ずしもトルコ人ではなく、様々な背景を持つ人々であったことが随所に述べられています。

また、スレイマン1世の治世をオスマン帝国史の画期とみなしていますが、単純に繁栄から衰退への転換と捉えるのではなく、「拡大と征服を続ける軍事国家から、安定した領土を官僚組織によって統治する官人の国家へ」「宗教を超えた統合から、イスラーム的性格の強い統治へ」の画期と述べている。

なお、政治史が叙述の中心となっています。6章の後半などで文化にも触れていますが、限定的かと思います。(とはいえ、ここで紹介した本の中では相対的には一番詳しめな気がします。)

オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史

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副題が示唆する通り、王朝の始まりから第1次世界大戦後の滅亡までを広く扱ったオスマン帝国の通史本です。ここまでで紹介した本とは異なり、どの時代もほぼ均等に扱われていました(あとがきにもその旨記載あり。)

まえがきにも宣言されているように、叙述の焦点は政治史にあてられています。文化史的話題が皆無なわけではない(たとえば、3章のチューリップ時代や図書館の話)ですが、分量としては限定的です。日常史や文化史的な話題については、林佳世子「オスマン帝国500年の平和」の方が相対的には詳しいです。

随所で「伝統的な歴史家の評価では~だが、一方で~のように評価することもできる」といった、先行研究や評価に対比した新しい評価を紹介したりもしているのが興味深かったです(このへん、先行研究がどれくらい古くて、新しい評価がどれくらい定着したものかはよくわからないですが。)。

総じて、近代まで含めて満遍なくオスマン帝国の政治史を追いたいなら、よくまとまった本だと思います。ただ、私の興味(時代としては近代より前、トピックとしては政治史よりも経済や文化、日常について)からはそれるので、流し読みした部分も多いです。

読めなかったけど気になる本など

古代ギリシア古代ローマ

和書も多く、調べたものの時間の関係で目を通せなかった本も多かったです :

ビザンツ

中公新書の「ビザンツ帝国 千年の興亡と皇帝たち」は借りてきたものの、ほとんど読み進められませんでした。ただし、これは完全に個人の趣味の問題です(政治史への興味が薄く、キリスト教文化圏があまり推しではない)

セルジューク朝

ルーム・セルジューク朝どころか大セルジューク朝について、日本語文献はほんとに少ないなーと思っていたら、トルコから帰国後に、イラン史の専門家の先生のツイートを見つけました。

情報検索力まだまだでした。。。orz ということで、次にトルコやイランに行くまでには読んでおきたい。

イスラーム化以後全般

本記事執筆中に、山川出版社からその名もずばり「トルコ史」と題した本が発売されました。 www.yamakawa.co.jp

上で言及した「《新版世界各国史》9.西アジア史Ⅱ イラン・トルコ」のトルコに該当する分を元に加筆修正を加えたものです。 もくじを見た限りだとイスラーム化以後しか扱っていないようです。 次にトルコに行くときには読んでおきたいです。

*1:でもこのへんが読みたいなら、おそらくもう日本語じゃなくて英語文献とかを探すべきな気もします。