世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

マクミラン「市場を創る―バザールからネット取引まで 」(2007)NTT出版

本記事は、2018-02-18執筆の記事を引っ越したものです。

www.hanmoto.com

やや古い本ではありますが、市場設計の平易な入門として、 www.hanmoto.com の参考文献や、 blog.livedoor.jp など、各所で推薦されていたため読んでみました。 結論から言うと、大変刺激的で興味深い本で、「市場」という制度に興味がある人全てにおすすめします。

本書は、「市場」とその制度設計について、ゲーム理論的観点から一般向けに解説した啓蒙書です。近年の研究成果に立脚した内容ながらも、数式は用いず*1、具体例や平易な言葉で説明されているため、幅広い読者に向けて書かれていると思います。

著者の市場に対する見方は冷静で、最終章のこの段落にまとめることができるでしょう:

市場が常に正しいとか, 根本的に悪であるとするような半宗教的な観点に対して, 私は市場にプラグマティックなアプローチをとることを主張してきた. 市場システムはそれ自体が目的なのではなく, 生活水準を引き上げるための不完全な手段の1つである. 市場は魔法ではないし, 非道徳的なものでもない. 市場は目覚しい成果を生み出してきた一方で, うまく機能しないこともありうる. 特定の市場がうまく機能するかどうかは, その設計にかかっているのである.

では、どうすれば、市場をうまく機能するように設計できるか? 著者は市場が適切に機能するために重要な5つの条件を、前書きで次のように挙げています:

  • 情報がスムーズに流れること
  • 人々が約束を守ると信頼することができること
  • 競争が促進されていること
  • 財産権が保護されているが、過度に保護されていないこと
  • 三者に対する副作用が抑制されていること

そして、これらの条件を満たすための仕組みは、ボトムアップトップダウン両方の力で形作られうることを述べ、どちらにも限界があり、ボトムアップトップダウンが状況に応じて必要になることを主張します。

これだけだと抽象的なので、「人々が約束を守ると信頼することができること」を例に詳しく見てみましょう。 人を信用できないところでは、取引が成立しにくくなります。商品が不良品かもしれないと思えば買い手は購入に慎重になります。お客が代金を支払うか分からなければ、信用売りはしないでしょう。 では、どうすれば「人々が約束を守ると信頼することができる」ようになるか?鍵は、「約束を守ることが得をする」ような仕組みを作ることです。

ボトムアップでそのような仕組みができることもあります:

  • 小さいコミュニティでは、評判がそのような役割を果たします。ニューヨークのダイヤモンドの卸売り取引では、書面の約束を伴わずに数億円相当のダイヤがやり取りされます。彼らは約束を破れば短期的には得をしますが、コミュニティから排除され、長期的な取引の利得を得ることができなくなってしまいます。このことが、不正を抑制するのです。
  • また、信用情報を提供する第三者が役割を果たすこともできます。かつてアメリカでは、州外の卸売業者から魚を買った際に手形を不渡りにする者が多く、問題となっていました。というのも、代わりの売り手を容易に見つけることができるからです。そこで、メイン州の起業家ニール・ワークマンは漁師向けの債権回収を始め、さらに、「誰が不渡りを行ったか」という情報を売ることにしました。これにより、業者は代金を支払うようになり、市場の機能も改善されました。

一方で、多額のお金が絡む場ではボトムアップの仕組みが十分に機能せず、トップダウンの仕組みが必要となります。国家によるトップダウンの仕組みの最たるものが、法律です。

他にも、バザールでの商取引、築地のセリ、電波オークション、中国での人民公社の解体、日本での公共工事の談合、カリフォルニアの電力市場など、多様な具体例が登場し、読者を市場設計の世界へと誘ってくれます。 また、これらの多様な例を通じて、市場が機能するための制度設計のためには細部が重要であることも強調されています。

*1:理系出身の評者としては数式を見たかった気持ちもありますが...。