世界史ときどき語学のち旅

歴史と言語を予習して旅に出る記録。西安からイスタンブールまで陸路で旅したい。

中国 シルクロード 河西回廊の旅 + 西安の旅の予習・復習に読んだ歴史の本のメモ

2023年9月の西安から河西回廊の旅と、12月の西安の旅にあたり、予習・復習として歴史の本をいくつか読んだので、メモとして残しておきます。

なお、私は政治史(もっと具体的には、王位継承や、王朝の転変や、戦役など)への興味が薄くて、もっと時間スケールの長いゆっくりと変化する歴史(環境史、技術史、経済史、文化史などなど)のほうに興味があります。ということで、ここで取り上げる本や感想は偏っているかと思うので、ご注意ください。

河西回廊の旅のまとめページはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

世界史全般

まずは概要ということで、以下の本のうち中国史の部分を読みました。

それぞれの本の詳細については、以前トルコ旅行の予習にあたって

amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

に書きました。

国史

昭和堂「概説 中国史」上・下

www.showado-kyoto.jp

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X(twitter)等で最近の概説書として評判が良いようなので、読んでみました。

先秦から現代までだいたいどの時代区分もおおむね同程度の分量でバランスよく扱われています。各章は政治史を基本にしつつ経済や文化にも目配りしているかと思います(ただ、比重や章の中での配置は、章によって若干の違いがあったと思います。) なお、章によっては記述のスタイルが異なるものもありました。(e.g.)先秦の章は先行研究や発掘報告などを引用して論じていく形。

また、巻末の「中国史研究の手引き」には史料の探し方や事典の使い方などが丁寧に述べられており、大学で歴史学の訓練を受けたことがない身としては大変興味深かったです。

白状すると宮中の権謀術数や権力闘争の話は、流し読みした部分も多いです(政治史に興味が薄いので。)。逆に経済史や文化史への興味が強いので、このあたりはメモをとりつつ読みました。 気になったことがいろいろある(九章算術の中身見てみたいなーとか、序章で漢文はエリートのものという記述がある一方で庶民を含む様々な社会階層の人々が碑を立てた話もあってじゃあ実際どの程度の人々が碑文を読めたのかなー、とか)ので、ここを起点にいろいろと読んでみたい+現地で見てみたいです。

「唐 東ユーラシアの大帝国」中公新書

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唐の通史の本です。 西安郊外の唐代の皇族の陵を訪れるので、唐代の歴史をさらうために読みました。

副題「東ユーラシアの大帝国」が示唆する通り、ユーラシア史の観点、特に遊牧民の文化が唐にどのように影響を与えていたか、という視点からの叙述になっています(特に王朝成立期)。 内容としては、政治史に主眼が置かれています。戦役や宮中の権謀術数、権力闘争など目白押しです。対して、経済や文化など、より長い時間スケールについての記述は少なかったです。

国史の枠に収まらない唐の姿を提示するという点では興味深いのですが、やや牽強付会の感が否めない記述も気になりました*1。 また、政治史への興味が薄い私のような読者にはあまり向かない本だったかと思います。

「古代中国の24時間」中公新書

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主に秦漢時代を扱い、その時代での日常史を24時間の時間の流れに沿って描き出した本です。事件史よりも、日常生活/文化/経済など、ゆっくりと変化する歴史に興味がある身としては、とても楽しく読めました。

朝から夜までをたどる構成にはなっていますが、時系列で誰かの生活が描かれている、というわけでは必ずしもないかと思います。どちらかというと、「24時間をいくつかの時間帯(=本の章)に分け、その時間帯に出てくる活動を主なトピックとして、その章で論じる」という構成に近いと感じました。(e.g.)朝食を食べる時間帯の章で、当時の食事情が語られている。

個人的には、膨大な注で出典が明記されている点が嬉しかったです。と言っても、素人ゆえ一次文献までたどることは難しいのですが、どのような文献が出典になっているかを眺めるだけでも興味深かったです。 出典は簡牘史料や考古学の成果もありますが、大半が伝世文献です。

伝世文献について、たとえ日常生活を主題にした文献でなくても、日常についての記述が断片的にあり、それらを拾い集めて利用することができる、という点に驚きました。(e.g.史記漢書のような史書や、詩経や玉台新詠のような詩集、さらには韓非子なども。)これは著者もプロローグでも触れていました「幸か不幸か、中国古代史の史料はそれほど多くなく(中略)まともな研究者なら一〇年間もかければ読みとおせる量である。」「著者は、じっさいに一〇年間ほどにわたって、漢文を毎日少しずつ読み、日常に関する記述をみつけては、そこに付箋をつけてゆく作業をつづけた。」

河西回廊あたりについて

敦煌歴史文化絵巻」シリーズ

www.toho-shoten.co.jp

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甘肃教育出版社の「走进敦煌丛书」シリーズのうちの一部を訳出したシリーズです(「敦煌の飲食文化」の日本語版あとがきより。)。東方書店のwebページで「走进敦煌丛书」で検索すると、中国語の原書は他に8冊はあるようです*2

敦煌の民族と東西交流」と「敦煌の飲食文化」は、敦煌文書や敦煌莫高窟の壁画などの史料から、かつての敦煌の姿を描き出そうとした本です。史料からの引用もされ*3、カラー図版も豊富に掲載されています。 ただ、どちらも若干記述が淡々としており読み進めるのに少し集中力が必要だったため、どちらも通読はしていません(興味のある章のみを選んで読みました。)。 また、図版や写真が若干粗くて見にくいように感じられました。

  • 敦煌の民族と東西交流」
    • こちらは敦煌近辺の諸民族の政治史について主に述べた本と言えると思います。
    • 月氏と漢から始まり、唐や吐蕃を経て、おおよそ10世紀頃までの敦煌の歴史が語られます。西夏以降については記述がありませんでした。
    • p.176に「中国の経済や文化の重心も南に移り、海のシルクロードが盛んになり、しだいに陸のシルクロードが本来もっていた役割に取って代わっていったことによって、敦煌は徐々に東西文化交流の中に占めていた重要な地位を失っていったのである。」との記述もあり、またそもそも敦煌文書の年代が西夏より後のものは少なかったはずなので、まあそれはそう。
  • 敦煌の飲食文化」
    • タイトルの通り、食材から料理/調理法、食器に食事の作法まで、飲食について広く語った本です。
    • この手の日常文化史に興味がある評者にとってはとても興味深い話題が多かったです。たとえば、(遊牧民の影響を受けたからか)肉としては羊肉が最も多く消費されたり(p.10)、食事でフォークのようなものが用いられていたり(p.59)、酢が盛んに醸造/消費されていたので敦煌では酸っぱい味の料理が多かったのではないか(p.16, p.215)、などなど。ただ、あくまで寺院や帰義軍の文書が主要史料になっているようで、庶民の食生活についても成り立つかは留保がつくかと思います*4
    • また、当時の飲食文化そのものを主題とした史料が残っているわけではないようで、様々な史料から飲食文化を復元していく様子が垣間見られて興味深かったです*5。たとえば、寺院の農園経営や出納の記録(饗宴で消費した食材、労働者に配給された穀物など)を読み解くことにより、往時の敦煌でどのような食材が生産/消費されていたか、どのような食材からどのような料理が作られていたか、細かいところでは1枚の餅(bing3)を作るためにどの程度の量の小麦が用いられたか、などの情報が得られています。また、敦煌ではないのですが、嘉峪関の魏晋墓磚画の図面が数多く使われており、調理や食事の風景が鮮明な絵として残っている点に強く興味を惹かれました。

対して、「よみがえる古文書」は敦煌文書そのものの入門書になっており、敦煌文書の概要や、それらの意義を解説しています。歴史の本を読んでいると「なぜそれが分かるのか?」という推論過程がつい気になってしまう性分なので、推論の出発点としての史料そのものを知ることができて個人的にはかなり楽しかったです。個人的にはこの3冊で一番面白かったです。

  • 最初の1章で敦煌文書の概要をおさえてくれているので、全体像をつかめてよかったです。(e.g.) 90%は仏教経典であるが、残り10%にも多種多様な文書が含まれる(p.2)*6。唐後期から五代・北宋のものが多いが最古のものは4世紀終わり頃までさかのぼる(p.2)。などなど。
  • 2章では、敦煌文書の発見と流出の過程、そして現在の所蔵状況を概観します。
  • ここまでは30ページくらいですが、その次の3章「敦煌遺書の内容および価値」が約150ページあり、この本の大半を占めています。内容としては、文献をジャンル別*7に分け、それぞれのジャンルでどのような文献が見つかっており、それらにどのような意義があるかを述べています。たとえば、
    • (1)敦煌文書の文献は古い時代の写本なので、伝世文献の校勘に役立つ、
    • (2)今は散逸してしまった書物や、当時実用に供されていた文書類から、史書などからはうかがい知れない往時の様子についての示唆が得られる、などです。
  • 個人的に特に興味深かったのは、民間互助組織「社邑」(または「社」)の文書類です(p.82~p.91)。社の規定と名簿(「社条」)、社の回覧板(「社司転貼」)、社の帳簿(「社歴」)などが残されていて、たとえば、社条の中には「構成員の家族や構成員が死亡した場合に、他の構成員が食料などを持ち寄って葬儀の酒食の準備をすること」などと定められたものがあるとのことでした(p.85)。史書にはなかなか現れない民間社会の様子が垣間見られて面白かったです。また、古代ローマでも民間の葬儀組合が存在した話を聞いた記憶があるので、これらの類似性も気になりました。

トピック別いろいろ

木簡・竹簡(簡牘)についての本いろいろ

9月の旅で甘粛省博物館や武威市博物館などで漢代の木簡をいろいろと見て興味を持ったので、帰国後に木簡・竹簡についての本を何冊か読みました。 詳細は別の記事として、以下にまとめました。

amber-hist-lang-travel.hatenablog.com

中国書道についての本いろいろ

12月の旅では西安碑林博物館に行くので、予習として中国書道の本などを読んでいきました。

※別記事に書きます。

「中国青銅器入門 太古の奇想と超絶技巧 」とんぼの本

www.shinchosha.co.jp

12月の旅で宝鶏青銅器博物館に行くので、青銅器の本を読みました。

著者自身が述べている通り、「とんぼの本」らしく豊富なカラー写真を掲載しており、この分野に馴染がない読者にとってもとっつきやすい本だと思います。 特に、イラストで青銅器の代表的な器形を一覧として示したページがありがたかったです。

主な章立ては、鑑賞の切り口別に分けられ、「器種」「文様」「銘文」の3つの章からなっています。また、最後に鑑賞史についての短い章もありました。 3つの章の並びは、巨視的な視点から微視的な視点への順番になっているようで、少しずつ詳細に踏み込んでいくようで読みやすかったと思います。

銘文についての章では釈文と現代語訳が掲載されており、何が書かれているかを知ることができます。 また、牧野の戦いについての記述を例に、文献史料と出土史料の整合性を確認して史実を検証していく手法の話も述べられていました。 個人的には、青銅器の美術品としての側面よりも史料としての側面に興味があったので、これは嬉しかったです。

「中国の城郭都市 殷周から明清まで」

www.chikumashobo.co.jp

注 : リンク先は筑摩書房のものですが、私が読んだのは中公新書版です。

12月の旅では西安の旧市街(城壁で囲まれている)をぶらぶらするので、城郭都市の話が気になって読んでみました。

新石器時代から清までの中国の城郭都市について、時代に沿って論じた本です。 章立ては「秦漢時代の城郭都市」「魏晋南北朝時代の城郭都市」など、時代ごとに区切られています。 扱う城郭は皇帝の住まう都城だけでなく、地方の群城/県城なども含まれています。 あとがきでも述べられている通り、著者の専門などの要因で、唐宋以前が詳しく、元代以降はかなり簡潔。

個別具体の城郭都市についての言及(発掘成果などに基づく壁の長さ、高さなどや、城郭都市の平面図など)はかなりの分量を占めていたと思います。 ただ、正直に言うと、これら個別の例の部分はかなり読み飛ばしました。。。

個人的にはむしろ、一般論に近い部分(城郭都市の発展の歴史や、城郭の防御方法など)に興味を惹かれました。宋代の経済発展に伴う城郭都市の変容や、戦国の「墨子」唐代の「通典」宋代の「武経総要」などの文献とそれらから分かることの紹介や、宋代の都市を表した当時の石刻地図(「蘇州平江府図」「桂州静江府城池図」)が残っていることなどなど。

なお、現存する西安城壁は主に明代のもので、この本でも「明清時代の城郭都市」の章である程度詳しく解説されていました。

*1:たとえば、p.30の「李淵の娘が軍の先頭にたって参戦したのは、遊牧社会の気風を反映したものとみなせる。」。この文の最後に「かもしれない」という一言があるだけでも違和感は薄まるのですが。。。

*2:これで全部かどうかは分かりません。

*3:基本は翻訳されたものが掲載されています。一部には、翻訳と元史料の記述が併記されています。

*4:p.10に、(敦煌でどの動物の肉が食されているか、という文脈で)次のような記述がありました。「豚肉や鶏肉については記載がないが、敦煌で豚や鶏が飼育されていなかったということを意味するわけではない。蔵経洞から出土した社会経済文書の多くが寺院や帰義軍の官署のものであるためであり、民間で飼育される家畜及び家禽の状況についてすべてを反映してはいないからである。」

*5:このへんは「古代中国の24時間」にも近いのですが、「どういう情報から何が分かるか」という過程に興味があります。

*6:政治・軍事・経済から、地理・社会・民族・言語、数学・天文・暦法、はては音楽・舞踏・体育まで

*7:宗教文献、歴史地理文書、社会史文書、俗文学文献、科学技術文献、四部書(古典籍)。