2023年冬 西安と蘭州の旅2日目(2023-12-14)の記録です。 この日は西安から蘭州に移動し、甘粛簡牘博物館を観光します。 簡牘(木簡・竹簡)がこれでもかと並べられている様は圧巻でした。 2000年も前の文字が漢字として読み取れる形でこれだけ残り、歴史を今に伝えていることそのものに感動しました。
今回の旅全体のまとめはこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com
前日の旅行記はこちら amber-hist-lang-travel.hatenablog.com
蘭州への移動
この日は朝早くの高速鉄道*1で蘭州に移動します。 前日泊まったホテルは西安北駅の近くで、高速鉄道駅への送迎車があったので、前日チェックイン時にお願いしておきました。
西安北駅
朝6時15分頃に西安北駅到着。 保安検査は全く並ばずにすいすい通過。
駅構内で朝食にします。肉夹馍と瘦肉皮蛋粥などのセット32元。 おかゆは胡椒が効いていて、卵は五香の香りが良かったです。 前回も同じものを食べてた気がする。
ご飯を食べてるうちに改札が開く時刻になったので、水などを買ってそのまますぐに改札に向かいます。
乗車
前回9月の旅でほぼ同じ時刻の便に乗ったときは乗車時の曙光が印象的だったのですが、今回は真っ暗。 冬になって日が短くなったことを感じます。あと寒い。 あまりにも外が真っ暗なので、乗車後、乗客のほとんどは寝ていました。ということで静かな旅になりました。
車内のお酢?の広告。写真見返して気づいたのですが、車体外面にも広告が書かれていますね。
道中の光景は前回の旅と被るので省略。前回の旅のときの記事はこちらです。 amber-hist-lang-travel.hatenablog.com ちなみに今回は雲が低く垂れこめていて天気も悪かったです。(冬は乾燥して天気が良いはずなのでは...。)
定刻通り、10時半前頃に蘭州西駅に到着しました。
蘭州西駅
駅舎。前回は地下鉄で移動したので蘭州西駅の駅舎を見る機会がなく、今回初めて見ました。 今回はここからバスで移動します。
バスは駅のすぐそばの地下のようなところにも乗り場があるのですが、私の乗る路線はペデストリアンデッキで大通りを渡って向かいから乗車するものでした。 このへんバス停の案内があまり親切でなくて難易度が高い気もするのですが、高德地图のおかげで問題なく正しいバス停までたどり着けました。
ペデストリアンデッキからの眺め。社会主義計画都市っぽさがある気がします。
バスには事前に設定しておいたWeChatミニアプリ「乘车码」のQRコードをスキャンして乗車しました。
昼食
まだ11時と若干早いですが、お昼を食べに行きます。 この後行く博物館の近くの蘭州牛肉麺のお店です。
店名からも察せられる通り、こちらのお店はスパイシー路線(?)のようです。
ラー油の色がやたらと濃い気がする。
牛肉麺、牛肉、小皿の漬物(?)で19元。 ラー油は少なめにしてもらったもののかなり辛く、しかもニンニクの葉もたっぷりでした。 パクチーはなかったように思います*2。 朝早くの移動で眠かったのですが、これを食べて辛さのあまり目が覚めました。
簡牘博物館
昼食のお店から、歩いて今日の観光の目的地の簡牘博物館に向かいます。
基本情報
2023年の9月あたりにオープンしたばかりの新しい博物館で、「簡牘」、つまり木簡・竹簡をテーマにしています。 月曜休館。開館時間などの詳細はWeChatの公式アカウントから見れます。
入館してすぐに、簡牘をモチーフにしたオブジェなどが出迎えてくれます。
音声ガイドを聞きながらゆっくり見て回り、5時間ほど滞在しました。
入場について
事前にWeChatの公式アカウントから事前に予約し、QRコードを提示して入場しました。 ただ、このときは人はかなり少なかったので、予約なしでも入れたかもしれません。 なお、予約時はパスポート番号で登録できた(「身份证」じゃなくてもOK)ですが、電話番号が必要で私は中国の携帯電話番号を使いました。日本の電話番号でも登録できるかどうかは未確認です。
手荷物検査があって、消毒用アルコールが可燃物として持ち込み禁止と言われたのですが、ロッカーに預ければ問題ないとのことなので、ロッカーを利用します。 一瞬ここで「コインロッカー」と書きかけましたが、これコインは受け付けないんだった。 AlipayかWeChatで操作しました。
音声ガイド貸出
音声ガイドは、前回9月の旅で甘粛省博物館で利用したものと同じタイプのもののようです。 貸し出しも返却も完全自動です。ただし、こちらもAlipayかWeChat Payで操作/支払いします。
ちなみに本体とイヤホンは別々の料金です。自前のイヤホンを持っていたら代金を少し節約できます。 本体は返却しますが、イヤホンはそのままもらえます。
ロッカーも音声ガイド貸出も、中国は現地のITサービスを利用できれば(この仮定、大事)とても便利なのですが、スマホを持ってないと大変そうです。
展示
常設展示は、以下の4部構成になっています。
- 简牍时代
- 简述丝路
- 边寨人家
- 书于简帛
简牍时代
こちらは簡牘そのものについての基礎知識を伝える展示、という位置づけのようです。 簡牘の定義や分類や製法から、まとまって出土した著名な簡牘、簡牘の用途などを概観することができます。
並んでるのは一見地味な簡牘なのですが、約2000年近く前の木に墨で書かれた文字が判読できる状態でここまで残されてきたと思うとワクワクします。 「うおおお、2000年前の文字が判別できる!!! 読める...! 読めるぞ!」と内心盛り上がったり。
簡牘の形いろいろ。
一番左の「簡」は通常の簡牘、1つ飛ばして「両行」は読んで字のごとく2行分の幅がある幅広の簡牘*3、「木楬」は物品の名前や数量/文書名などを書いた荷札のようなもの*4、「封検」は情報を記した木簡の上に重ねて封印するために利用されたもので宛先や配達方法が記載されます*5。 既に本で読んで知っている情報ではあるのですが、こうやって実物を並べて説明されると実感が伴ってきます。
真ん中の検には「刺史」(官名)と書かれている気がする...?
ちなみにもうちょっと後の展示で封検の使い方が解説されていました。
懸泉置木簡について。 写真にもある通り出土が比較的新しくて、予習で読んだ本の中には元の出版年代が古く懸泉置木簡を扱えていないものもありました。
検。右側の釈文の通り、「懸泉置以亭行」と書かれているのがはっきりと読み取れます。 ちなみに、展示されているだいたいの簡牘について釈文が付されていました。
他にも、居延漢簡や馬圏湾漢簡など、まとまった出土例について、出土時期や発掘調査の経緯などが紹介されています。
続いて、簡牘の様々な用途についてのコーナー。 このへんになると、多数の簡牘を見すぎて、感覚が段々と麻痺してきます。
こちらは檄(「檄を飛ばす」の檄)として用いられた觚。 「府告居延甲渠...」と読めます。 上級の役所から下級官庁に送られた文書かな。
甘粛省で発掘される木簡には、当時の長城の防衛施設に残された上のような軍事行政文書が多いのですが、もう1つのカテゴリが、書籍の類。
こちらは識字教科書「蒼頡篇」の一部。 左の簡牘の冒頭2文字はたぶんタイトルにもなっている「蒼頡」かな...?
こちらはかけ算表。
どちらも敦煌の馬圏湾遺跡出土のものと書かれているところが気になります。 馬圏湾遺跡は長城の防衛施設だったと思う*6ので、そこに勤務する書記が使うためor書記を目指す人の教育・学習用だったのかもしれません*7*8。
简述丝路
「简述丝路」の展示では、簡牘に書かれた内容からシルクロードについて何が分かるかを展示しています。
まずは自然環境の話。個人的にはこれに一番興味を惹かれました。
「自然環境のことなんか当時記録につけることあったのかな?」と思ったのですが、別の趣旨で書かれた簡牘から自然環境についての記述を拾い出すことができるようです*9。 たとえば、右の写真の簡牘では、「弱水(エチナ河・黒河)を渡河する際に、激しい水流のため、符や衣服などが流されてしまった」という報告が書かれていて、ここから当時の弱水が水量豊富であったことが示唆されるとか(音声ガイドの情報。)。2000年前のこの地は、今ほど乾燥していなかったようですね*10。
他にも、冷害や地震の報告の簡牘もあった気がします(うろ覚え。)。
こちらは置(駅站)の位置の話。 右は、里程簡と呼ばれる、置と置の間の距離などを記載した木簡です。 発掘された遺跡と、当時の置の名前を照合するのに役立ちそう。
かなり驚いたのはこちら。なんと当時の壁に書かれていた文章がそのまま残されています。よくばらばらにならずに残ってくれたものだと思います。 「四時月令」と書かれていて、内容は農事のスケジュールなどを規定したもののようです(要出典)。
シルクロードを往来した人々の記録もあります。 このへんはだいたい懸泉置出土の簡牘で、「誰々を送り出した」などの記録がされていたようです。
他にも、シルクロードを通して伝わった動植物などについての展示もありました。
边寨人家
こちらの展示では、河西回廊に住んでいた当時の人々の暮らしに焦点があてられています。 「简述丝路」でシルクロードを行き来した人々の記録はあったのですが、あちらはどちらかというと貴人や高官がメインのようで、対してこちらは一般庶民(または長城に配備された兵卒や下級役人たち)が主役。
食品について書かれた簡牘。食材の種類や量が列挙されたものもあります。
こちらは馬が死んだことの責任を巡って、誰の責任かを調査した記録だそう。文字がえらく崩れた書体で書かれている気がします。
またトラブル関係ですが、こちらは長城勤務の兵士どうしの喧嘩に関する記録。 まさか自分のやらかしが2000年も後まで伝わるとは思ってなかっただろうなー。
展示室の壁際にはこうやって束になった簡牘も並べられているのですが、こちらはもちろん本物ではなく模造品。ただ、触ろうとした人が博物館のスタッフに止められてました。
平日で人も少なく静かな館内だったのですが、このへんで校外学習のためか小学生(たぶん)の集団が入ってきて、展示室がだいぶ賑やか(婉曲表現)になってました。
书于简帛
こちらは書道史の観点から簡牘について解説する展示のようです。
簡牘の実物は少なく、簡牘に書かれた文字を拡大したパネルなどがメインです。(書かれた文字の形に着目するなら、確かにこの展示形態の方が見やすい。) 私は書芸術には明るくないので、このへんはざっと軽く見るに留めました。
なお、書そのものではないのですが、簡牘に利用される木材がしれっと展示されていて、興味を惹かれました。
ホテルと夕食
博物館は蘭州市街地の西側にあるのですが、ホテルは東側に取ってあるので、バスで東に向かいます。ちなみに蘭州の市街地は東西に長いです。
ちなみにこのとき乗ったバスは午前乗ったものとは異なり、乗車時と下車時の2回QRコードをスキャンする必要がありました。 恐らく、バス停間の間隔が大きいタイプの路線で、乗車区間の長さによって運賃が変わるのだと思います。 車内放送で「请勿提前刷卡」って書いてたけど、ほとんどの人が乗ってすぐとかに下車用スキャンをしてて笑いました。
ホテルにチェックインして、近くで夕飯を食べに向かいます。
気温は氷点下なのですが、意外と屋台があってびっくり。
外で食べるのは寒そうなので、屋台街の隣にあるこちらのお店で羊串にします。 店内はポップで清潔。
飲み水が出てきたのですが、冷たい水ではなく熱々のお湯で助かりました。 外は寒いし、そもそも羊の脂の融点は人間の体温より高いらしい*11ので、暖かいものを飲めて嬉しい。
羊串の注文は10串単位からだったのですが、1串が意外と小さいということを前回の旅で学習したので、怯まず合計20串ほど注文します。
クミンの香りの利いた羊串がどんと積まれた様を見ると、中国西北部に来たなーと感じられます。 味は前回9月の旅の嘉峪関の方が上かも?ですが、なんだかんだ日本では食べてなかったので久々の羊串で、美味しくぺろりといただきました。
メニューで「牛奶鸡蛋醪糟」なるデザートが蘭州名物として推されていたので、こちらも注文してみました。 牛乳に甘酒のようなものと、卵、胡麻やナッツなどが入っているようです。 温かくほんのり甘く優しい味わいで、スパイスの利いた羊串の後に食べるとちょうどよかったと思います。
合計お値段78元でした。
歩いてホテルに戻ります。
翌日に続きます。
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参考文献
- [1] 大庭脩(2020)「木簡学入門 」志学社 ISBN: 978-4-909868-01-5 (※1984年刊の講談社学術文庫を再刊したもの)
- [2] 籾山明(2021)「漢帝国と辺境社会 長城の風景 増補新版」志学社 ISBN: 978-4-909868-05-3 (※初版は1999年刊の中公新書)
- [3] 冨谷至(2014)「木簡・竹簡の語る中国古代 : 書記の文化史 増補新版」岩波書店 ISBN: 978-4-00-026859-2
- [4] 柿沼陽平(2021)「古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで」中央公論新社 ISBN: 978-4-12-102669-9
*2:か、あってもニンニクの葉が強すぎてパクチーの香りが検知できなかった。
*3:[1]p.28~p.29, [3]p.68。ただし、[1]では幅を1.8cm~2.8cmとしているが、[3]では幅は通常の簡(幅1cm~2cm)の倍としている。
*4:[1]p.46, [3]p.85
*5:参考文献[1]41~p.42、参考文献[2]p.16、参考文献[3]p.82、参考文献[4]p.52~p.54。参考文献[4]では「検」という言葉は出てきませんが、図2-1左側や図2-2などで解説されているものは、他の文献で述べられた「検」に該当するかと思います。
*6:馬圏湾漢簡の展示のところで、馬圏湾烽燧(のろし台)との記載がありました。
*7:参考文献[3]p.142, p.144によると、居延漢簡/敦煌漢簡の中に見られる字書の断片は、初心者の書記が練習用に筆写したもの(が廃棄されたもの)ではないかと考えられる、とのこと。
*8:このへんの事情、参考文献[2]の補遺「書記になるがよい」にも書かれていたと思います。
*9:このへんの話、参考文献[4]を思い出しました。具体的には、たとえ日常生活を主題にした文献でなくても、日常についての記述が断片的にあり、それらを拾い集めて利用することができる、という点です。
*10:参考文献[2]p.216によると、往時の河西回廊はオアシスが連なる緑豊かな地であったとのこと :「ハラ=ホトや楼蘭など、生命のかけらもない沙漠の遺跡を目にしたときに、私たちは驚きとともに「なぜこんな厳しい環境の中に住んだのか」との疑問を口にする。だが、その答えは実に簡単、「当時の環境が今日ほど過酷ではなかったから」である。」
*11:日本食肉総合センター 用語集 「融点」 http://www.jmi.or.jp/info/word/ya/ya_009.html 「融点は鶏肉で30~32℃。馬肉、豚肉、牛肉の順で高くなり、羊肉は44~55℃でいちばん高い。」